제5과 – 듣기 B

제5과 듣기 B에서는 다양한 대화를 듣고 상황, 화자의 의도와 중요한 정보를 정확하게 파악하는 능력을 강화합니다.

I. 質問に答えられるように、ノートを取りながら、聞いてください。

1.「おどろく」「びっくりする」という言葉(ことば)は、どんなときに使(つか)いますか。

2.「あきれる」と(おも)うのはどうしてですか。

3.「あきれる」と(おも)ったとき、どうすればいいと()っていますか。

☞ 번역

1.「おどろく」「びっくりする」という言葉(ことば)は、どんなときに使(つか)いますか。

        「어이가 난다」고 생각하는 이유는 무엇입니까?

2.「あきれる」と(おも)うのはどうしてですか。

        「어이가 난다」고 느꼈을 때 어떻게 해야 한다고 말하고 있습니까?

3.「あきれる」と(おも)ったとき、どうすればいいと()っていますか。

        Người kể chuyện nói rằng lúc nghĩ là "Akireru" thì nên làm gì?

II. ノートを見ながら、書いてください。

1.「あきれる」という言葉(ことば)

        ◆「あきれる」という言葉(ことば)は、_________________。

        ◆「あきれる」と(おも)うのは、たとえば、_______(ひと)()たときだ。

2.どうして「あきれる」か

        ◆「あきれる」のは、「おなかがすいたとき、どこで、(なに)()べるか」ということが、________からだ。

        ◆「普通(ふつう)のこと」と(おも)うかどうかは、_____か、_____かなどで(ちが)う。

3.「あきれる」ことから(まな)ぶこと

        ◆(ひと)は、「あきれる」ときに、___________がわかる。

        ◆普通(ふつう)ではないと(おも)ったとき、___________ことが大切(たいせつ)だ。

☞ 정답

1.「あきれる」という言葉(ことば)

        ◆「あきれる」という言葉(ことば)は、面白(おもしろ)言葉(ことば)で、「おどろく」や「びっくりする」とは(ちが)

        ◆「あきれる」と(おも)うのは、たとえば、電車(でんしゃ)(なか)で、パンやおにぎりを()()して()べている(ひと)()たときだ。

2.どうして「あきれる」か

        ◆「あきれる」のは、「おなかがすいたとき、どこで、(なに)()べるか」ということが、どの(ひと)(おな)じとは()えないからだ。

        ◆「普通(ふつう)のこと」と(おも)うかどうかは、男性(だんせい)女性(じょせい)か、(とし)はいくつかなどで(ちが)う。

3.「あきれる」ことから(まな)ぶこと

        ◆(ひと)は、「あきれる」ときに、自分(じぶん)(かんが)(かた)がみんなと(おな)じではないことがわかる。

        ◆普通(ふつう)ではないと(おも)ったとき、どちらが(ただ)しいかではなく、どうしてそうするのか(かんが)えてみることが大切(たいせつ)だ。

☞ 정답 + 번역

1.「あきれる」という言葉(ことば)

         「어이가 없다」라는 말   

        ◆「あきれる」という言葉(ことば)は、面白(おもしろ)言葉(ことば)で、「おどろく」や「びっくりする」とは(ちが)

             ◆「어이가 없다」고 생각하는 예는, 예를 들어 전철 안에서 빵이나 주먹밥을 꺼내어 먹고 있는 사람을 볼 때이다.

        ◆「あきれる」と(おも)うのは、たとえば、電車(でんしゃ)(なか)で、パンやおにぎりを()()して()べている(ひと)()たときだ。

            왜 「어이가 없다」고 느끼는가

2.どうして「あきれる」か

        ◆'보통의 일'이라고 생각하는지는 남자인지 여자인지, 나이가 몇인지 등에 따라 다르다.

        ◆「あきれる」のは、「おなかがすいたとき、どこで、(なに)()べるか」ということが、どの(ひと)(おな)じとは()えないからだ。

           「어이가 없다」고 느낄 때 배울 점

        ◆「普通(ふつう)のこと」と(おも)うかどうかは、男性(だんせい)女性(じょせい)か、(とし)はいくつかなどで(ちが)う。

            ◆사람은「어이가 없다」고 느낄 때 자신이 가진 생각이 모두와 같지 않다는 것을 알게 된다.

3.「あきれる」ことから(まな)ぶこと

        ◆보통이 아니라고 생각했을 때에는 어느 쪽이 옳은지가 아니라, 왜 그렇게 하는지 생각해 보는 것이 중요하다.

        ◆(ひと)は、「あきれる」ときに、自分(じぶん)(かんが)(かた)がみんなと(おな)じではないことがわかる。

            Hiểu được rằng khi một người là "Akireru" có nghĩa là suy nghĩ của bản thân họ không giống với mọi người.

        ◆普通(ふつう)ではないと(おも)ったとき、どちらが(ただ)しいかではなく、どうしてそうするのか(かんが)えてみることが大切(たいせつ)だ。

            Khi nghĩ rằng "Không bình thường" thì điều quan trọng là thử suy nghĩ tại sao họ lại làm như vậy chứ không phải xem điều nào là đúng.

☞ 전체 스크립트 + 번역
   
「あきれる」という言葉ことばは、日本語にほんごはなひとに、どういう意味いみかといてみても、なかなかわかりにくい言葉ことばです。
「아키레루」라는 말은 일본어를 말하는 사람에게 무슨 뜻인지 물어봐도 좀처럼 이해하기 어려운 말입니다.
言葉ことば研究けんきゅうしているひとが、どうしてわかりにくいのかはなしをしています。
언어를 연구하는 사람이 왜 이해하기 어려운지 이야기하고 있습니다.
かんいてください。
들어보세요.
みなさんの勉強べんきょうやくつとおもいます。
여러분의 공부에 도움이 될 것이라고 생각합니다.

   
「あきれる」という言葉ことばは、面白おもしろ言葉ことばですね。
「아키레루」라는 말은 흥미로운 말이네요.
「おどろく」や「びっくりする」 とはちがうんです。
「놀라다」나「깜짝 놀라다」와는 다릅니다.
ちかくでおおきなおとがしたり、くらみちきゅうひとてきたりすると、「びっくりした」といますが、「あきれる」とはわないんですね。
근처에서 큰 소리가 나거나 어두운 길에서 갑자기 사람이 튀어나오면 「깜짝 놀랐다」고 말하지만, 「어이가 없다」라고는 하지 않죠.
「あきれる」とおもうのは、だれかがなにかを自分じぶんでは普通ふつうのことだとおもってやっている場面ばめんたときがおおいです。
「어이가 없다」고 생각하는 것은 누군가가 어떤 일을 자신은 당연한 일이라고 생각하며 하고 있는 모습을 봤을 때가 많습니다.
たとえば、電車でんしゃなかで、パンやおにぎりをしてべるひとがいる。
예를 들어, 전철 안에서 빵이나 주먹밥을 꺼내 먹는 사람이 있다.
そのひとは、おなかがすいてたまらないから、がまんできなくてべる。
그 사람은 배가 너무 고파 참을 수 없어 먹는다.
それだけのことなのに、まわりのひとは、「こんな場所ばしょべるなんて・・・」 と 「あきれる」んです。
그것뿐인데도, 주변 사람들은 「이런 장소에서 먹다니・・・」라고 「어이없어하다」.

   
ここで、かんがえてみたいのは、どうして「あきれる」かってことなんです。
여기서 생각해보고 싶은 것은, 왜 사람들이 「어이없어하다」는지라는 점입니다.
それは「おなかがすいたときに、どこで、なにべるか」ということが、どのひとおなじとはえないからです。
그것은 「배가 고플 때 어디서 무엇을 먹을지」라는 것이 사람마다 같다고는 말할 수 없기 때문입니다.
男性だんせい女性じょせいか、としはいくつかなどで、「普通ふつうのこと」とおもうかどうかはちがうでしょう。
남자냐 여자냐, 나이가 몇이냐 등에 따라, 「보통인 일」이라고 생각하는지 여부는 다를 것입니다.

   
わたしいたいのは、「あきれる」ときに、ひと自分じぶんっているかんがかたがみんなとおなじではないとわかるということです。
내가 말하고 싶은 것은, 사람들이 「어이없어하다」고 느낄 때 자신이 가지고 있는 생각이 모두와 같지 않다는 것을 알게 된다는 것입니다.
ある場面ばめんて「あきれる」のは、「自分じぶんならこんなことしないのに」というおもいがあり、相手あいてのしていることを普通ふつうではないとおもってしまうからです。
어떤 장면을 보고 「어이없어하다」는 것은 「내가라면 이런 일을 하지 않을 텐데」라는 생각이 있어 상대가 하고 있는 것을 보통이 아니라고 생각해 버리기 때문입니다.
ものの見方みかたかんがかたは、みんなちがいます。
사물을 보는 관점이나 생각은 모두 다릅니다.
普通ふつうではないとおもったとき、どちらがただしいかではなく、どうしてそうするのだろうとかんがえてみることが大切たいせつです。
보통이 아니라고 생각했을 때에는, 어느 쪽이 옳은가가 아니라 왜 그렇게 하는지 생각해 보는 것이 중요합니다.
そうすれば、「あきれる」ことは、ものの見方みかたかんがかたひろげることになるのではないでしょうか。
그렇게 하면, 「어이없어하다」는 것이 사물을 보는 관점이나 생각을 넓히는 것이 되지 않을까요?