旅の雨
8月のフィリピンで、前が見えないほど強い雨に何度か出会った。慣れているはずのフィリピンの人たちも、さすがにどこかに入って待たざるを得ないような雨だ。知らぬ間に、道のここでもそこでも小さな洪水が起きている。そんな雨が夜寝ているときにふると、もっと驚かされる。じしんのような音とともに突然ふり始める。強い雨が長く続くことはあまりないが、ふっている間のあの音は、言葉で何と表せばいいのか。何度か経験してそんな雨に慣れるまでは、思わず部屋を出てどこかへにげようかと思ったことさえある。
7月のネパールでも、 同じように突然雨がふった。あわてて近くの木の下に入ったのだが、そのとき不思議な風景に出会った。牛も犬も、大きな木の下でじっとして動かない。さっきまでにぎやかだった鳥たちも、今はどこかで休んでいるのだろうか、声がしなくなった。まるですべてが止まってしまったような中で、雨の音が続いている。すっかり静かになって聞こえるのは、雨の音だけ。人も鳥や動物も、じっと雨がやむのを待つ、静かな雨の風景だった。
静かな雨といえば、2月のインドネシアでは、音のない雨というものを初めて体験した。 米ややさいを実らせる土にふる雨に音がない。 もっともっと水が必要だからと、それまで乾き切っていた土が急いで水を飲み続ける様子とでも言えばいいのだろうか。耳を傾けても、ふり続ける雨は音もなく、土の中に消えていく。それまで、私が体験したことのない世界だった。
自分の国にいても雨はふる。 じっと雨を見ることもある。 しかし、雨が見せてくれるその土地独特の風景として、印象に残ることはない。 どこかで雨がやむのを待ちながら、雨と人間、自然と人間の関係を考えたりすることもない。 毎日の生活の中で、すっかり当たり前になってしまっていることを、違う場所でもう一度考えてみる。 私の旅は、そんな旅だ。
7月のネパールでも、 同じように突然雨がふった。あわてて近くの木の下に入ったのだが、そのとき不思議な風景に出会った。牛も犬も、大きな木の下でじっとして動かない。さっきまでにぎやかだった鳥たちも、今はどこかで休んでいるのだろうか、声がしなくなった。まるですべてが止まってしまったような中で、雨の音が続いている。すっかり静かになって聞こえるのは、雨の音だけ。人も鳥や動物も、じっと雨がやむのを待つ、静かな雨の風景だった。
静かな雨といえば、2月のインドネシアでは、音のない雨というものを初めて体験した。 米ややさいを実らせる土にふる雨に音がない。 もっともっと水が必要だからと、それまで乾き切っていた土が急いで水を飲み続ける様子とでも言えばいいのだろうか。耳を傾けても、ふり続ける雨は音もなく、土の中に消えていく。それまで、私が体験したことのない世界だった。
自分の国にいても雨はふる。 じっと雨を見ることもある。 しかし、雨が見せてくれるその土地独特の風景として、印象に残ることはない。 どこかで雨がやむのを待ちながら、雨と人間、自然と人間の関係を考えたりすることもない。 毎日の生活の中で、すっかり当たり前になってしまっていることを、違う場所でもう一度考えてみる。 私の旅は、そんな旅だ。