「風」を伝える
同じ童謡を聞いて、連想する場面を描いてもらうと、山や木の形はそれぞれ違っても、だいたい同じような絵になるという。 言葉と音楽が、聞く者に同じような場面を想像させる。 見知らぬ世界を歌った歌でも、知っている世界と関係づけ、自分なりの想像で絵にする。 描かれた場面は、歌を作った人が描いていたであろう場面と大きく変わらないという。 長くても数分の歌だが、 言葉と音楽がひとつになって持つ伝える力は大変なものだ。
こんな話を聞いたことがある。 ある集まりで、「今朝、起きてから30分間の様子を、言葉で正確に説明できますか」と問いかけられた人が、「朝7時半に起きてコーヒーを飲みました」 と説明を始めると、 「ちょっと待って。まず、目を開けて何を見ましたか」 と質問された。 そして、「コーヒーの前に、何か気づいたことはありませんでしたか。風の音はしていましたか。 鳥は鳴いていましたか」と続けてたずねられた。少し間があって、「どうしても思い出せません」という答えがあったそうだ。
人間は物事を場面として覚えていて、特別なことでもなければ、その場面の詳しいことまでは覚えていないという。 朝、起きたとき、 風の音がしていたのか、鳥が鳴いていたのかということまで覚えていない。 上の話が教えているのは、言葉で何でも伝えられるわけではない。 言葉ができることは、覚えている場面から話す人が必要だと思う情報を取り出して伝えること、言葉にできるのはそこまでだということだ。
確かに、どれほど言葉を使っても、何時間かけても、言葉でひとつの場面のすべては伝えられない。 何か伝えたいことがあるとき、歌は、その方法のひとつではないだろうか。 言葉と音楽がひとつになって、聞いた者には、 伝えられた場面が風の音や鳥の鳴き声とともに浮かぶ。 かなしさやつらさを分かち合い、聞く者を楽しませ、はげます歌には、 言葉とは違う 「風を伝える」 力がある。
こんな話を聞いたことがある。 ある集まりで、「今朝、起きてから30分間の様子を、言葉で正確に説明できますか」と問いかけられた人が、「朝7時半に起きてコーヒーを飲みました」 と説明を始めると、 「ちょっと待って。まず、目を開けて何を見ましたか」 と質問された。 そして、「コーヒーの前に、何か気づいたことはありませんでしたか。風の音はしていましたか。 鳥は鳴いていましたか」と続けてたずねられた。少し間があって、「どうしても思い出せません」という答えがあったそうだ。
人間は物事を場面として覚えていて、特別なことでもなければ、その場面の詳しいことまでは覚えていないという。 朝、起きたとき、 風の音がしていたのか、鳥が鳴いていたのかということまで覚えていない。 上の話が教えているのは、言葉で何でも伝えられるわけではない。 言葉ができることは、覚えている場面から話す人が必要だと思う情報を取り出して伝えること、言葉にできるのはそこまでだということだ。
確かに、どれほど言葉を使っても、何時間かけても、言葉でひとつの場面のすべては伝えられない。 何か伝えたいことがあるとき、歌は、その方法のひとつではないだろうか。 言葉と音楽がひとつになって、聞いた者には、 伝えられた場面が風の音や鳥の鳴き声とともに浮かぶ。 かなしさやつらさを分かち合い、聞く者を楽しませ、はげます歌には、 言葉とは違う 「風を伝える」 力がある。