Marugoto N3 – Lesson 32: दैनिक जीवन (4) – डिजिटल हुँदै

शब्दावली

शब्दावली

मुख्य शब्दअर्थ
占(し)めるओगट्नु
アルバムएल्बम
彩里(さいり)(する)रङ्गीन बनाउनु
~に夢中(むちゅう)~मा पूर्ण रूपमा मोहित हुनु
なつかしさन्यानो सम्झना
いっぱいभरिपूर्ण
結局(けっきょく)अन्ततः
空(あ)けるखालि गर्नु
存在(そんざい)(する)अस्तित्वमा हुनु

व्याकरण

व्याकरण


~た途端(とたん)

जतिखेर ~ भयो, तुरुन्तै

◎ एउटा क्रिया गर्दै लगत्तै अर्को क्रिया हुन्छ.

1. 車(くるま)から降(お)りた途端(とたん)、海(うみ)のにおいがした。
     कारबाट ओर्लिएसँगै समुद्रको गन्ध आयो।

2. 先生(せんせい)の顔(かお)を見(み)た途端(とたん)、宿題(しゅくだい)をするのを忘(わす)れていたことに気(き)がついた。
     शिक्षकको अनुहार हेर्दैँ सँगै मैले गृहकार्य गर्न भुलेको रहेछ भन्ने थाहा पाएँ।

पढाइ बुझाइ

   本棚(ほんだな)の3分(ぶん)の1ぐらいを占(し)めているアルバムを見(み)るたびに、何(なん)とかしなければと思(おも)う。要(い)らない写真(しゃしん)を整理(せいり)しようとアルバムを見(み)始(はじ)めたとたん、写真(しゃしん)に夢中(むちゅう)になってしまうのだ。あんなこともあった、こんなこともあったと、なつかしさでいっぱいになり、結局(けっきょく)、一枚(いちまい)も整理(せいり)できずに終(お)わってしまう。
   これではいけないと、今年(ことし)は、デジタルのフォトフレームとスキャナーを買(か)った。写真(しゃしん)をデジタル化(か)しようと思(おも)ったのだ。まず、一番数(いちばんかず)の多(おお)いペットの写真(しゃしん)から始(はじ)めた。作業(さぎょう)は思(おも)っていたより調子(ちょうし)よく進(すす)み、4冊(さつ)のアルバムをUSBに入(い)れて、フォトフレームで楽(たの)しむことができた。本棚(ほんだな)にアルバム4冊分(さつぶん)の場所(ばしょ)を空(あ)けることもできた。
   ところが、小(ちい)さい頃(ころ)の写真(しゃしん)や家族(かぞく)と一緒(いっしょ)に写(うつ)っている貴重(きちょう)な写真(しゃしん)、思(おも)い出(で)の写真(しゃしん)などの場合(ばあい)、なかなか進(すす)まなくなる。古(ふる)い写真(しゃしん)の中(なか)には、いつ、どこで撮(と)ったか、わからなかったり、写(うつ)っている人(ひと)の中(なか)に誰(だれ)か、わからない人(ひと)がいたりする場合(ばあい)もある。そのような場合(ばあい)、写真(しゃしん)を捨(す)ててしまうのが不安(ふあん)になる。「また、撮(と)ればいい」とはならないのだ。
   アナログ時代(じだい)からデジタル時代(じだい)に移(うつ)るときにブレーキをかけるのは、目(め)に見(み)えているものがなくなる、という不安(ふあん)である。いずれ必要(ひつよう)としなくなるものとわかっていても、今(いま)、目(め)に見(み)えるものは存在(そんざい)し、いつでも手(て)に取(と)って見(み)ることができる、という安心感(あんしんかん)がある。一方(いっぽう)、USBに写真(しゃしん)を入(い)れても、そのUSBをなくしてしまったら、もう二度(にど)と見(み)ることができなくなる。そんな不安(ふあん)から、デジタル化(か)の作業(さぎょう)の手(て)は、ときどき止(と)まってしまうのだ。

CHECK
Q1 これとはどんなことですか。
Q2 「また、撮(と)ればいい」とはならないのはどうしてですか。

☞ अनुवाद
   
本棚(ほんだな)の3分(ぶん)の1ぐらいを占(し)めているアルバムを見(み)るたびに、何(なん)とかしなければと思(おも)う。
पुस्तकशेल्फको करिब एक तिहाइ ओगटेका एल्बमहरू हरेक पटक हेर्दा, कतै न कतै केही गर्नै पर्छ जस्तो लाग्छ।
要(い)らない写真(しゃしん)を整理(せいり)しようとアルバムを見(み)始(はじ)めたとたん、写真(しゃしん)に夢中(むちゅう)になってしまうのだ。
नचाहिने तस्वीरहरू मिलाउन एल्बम हेर्न थाल्नासाथै, म तस्वीरहरूमा मग्न भइहाल्छु।
あんなこともあった、こんなこともあったと、なつかしさでいっぱいになり、結局(けっきょく)、一枚(いちまい)も整理(せいり)できずに終(お)わってしまう。
'त्यस्तो पनि भयो, यस्तो पनि भयो' भनी पुरानाको सम्झनाले भरिन्छ र अन्ततः एउटै पनि तस्वीर व्यवस्थित गर्न नसकी समाप्त हुन्छ।

   
これではいけないと、今年(ことし)は、デジタルのフォトフレームとスキャナーを買(か)った。
योले हुँदैन भनी, यस वर्ष मैले डिजिटल फोटो फ्रेम र स्क्यानर किनें।
写真(しゃしん)をデジタル化(か)しようと思(おも)ったのだ。
मैले तस्वीरहरूलाई डिजिटल बनाउने सोचें।
まず、一番数(いちばんかず)の多(おお)いペットの写真(しゃしん)から始(はじ)めた。
सबभन्दा पहिले सबैभन्दा धेरै भएका पाल्तुजनावरका तस्वीरहरूबाट सुरु गरेँ।
作業(さぎょう)は思(おも)っていたより調子(ちょうし)よく進(すす)み、4冊(さつ)のアルバムをUSBに入(い)れて、フォトフレームで楽(たの)しむことができた。
काम सोचेभन्दा राम्रोसँग अघि बढ्यो, चारवटा एल्बम यूएसबीमा राखेँ र फोटो फ्रेममा रमाउन सकें।
本棚(ほんだな)にアルバム4冊分(さつぶん)の場所(ばしょ)を空(あ)けることもできた。
पुस्तकशेल्फमा चारवटा एल्बमको ठाउँ खाली गर्न पनि सकें।

   
ところが、小(ちい)さい頃(ころ)の写真(しゃしん)や家族(かぞく)と一緒(いっしょ)に写(うつ)っている貴重(きちょう)な写真(しゃしん)、思(おも)い出(で)の写真(しゃしん)などの場合(ばあい)、なかなか進(すす)まなくなる。
तर, बाल्यकालका तस्वीरहरू, परिवारसँगै खिचिएका कीमती तस्वीरहरू वा सम्झनाका तस्वीरहरूजस्ता कुराहरू आएपछि काम सहजै अघि बढ्दैन।
古(ふる)い写真(しゃしん)の中(なか)には、いつ、どこで撮(と)ったか、わからなかったり、写(うつ)っている人(ひと)の中(なか)に誰(だれ)か、わからない人(ひと)がいたりする場合(ばあい)もある。
कुनै पुराना तस्वीरहरूमा कहिले र कहाँ खिचियो थाहा नहुन सक्छ, वा तस्वीरमा देखिएका मानिसमध्ये कसैलाई चिन्न नसकिने अवस्थामा पनि हुन्छ।
そのような場合(ばあい)、写真(しゃしん)を捨(す)ててしまうのが不安(ふあん)になる。
त्यस्तो अवस्थामा, तस्बिरहरू फालिदिनु भनेर चिन्ता लाग्छ।
「また、撮(と)ればいい」とはならないのだ。
「फेरि खिचे पुग्छ」भन्न मिल्दैन।

   
アナログ時代(じだい)からデジタル時代(じだい)に移(うつ)るときにブレーキをかけるのは、目(め)に見(み)えているものがなくなる、という不安(ふあん)である。
एनालॉग युगबाट डिजिटल युगमा सर्दा रोक लगाउने कुरा भनेको आँखाले देखिने चीजहरू हराउने भन्ने चिन्ता हो।
いずれ必要(ひつよう)としなくなるものとわかっていても、今(いま)、目(め)に見(み)えるものは存在(そんざい)し、いつでも手(て)に取(と)って見(み)ることができる、という安心感(あんしんかん)がある。
अन्ततः आवश्यक नहुने कुरा भन्ने थाहा भए तापनि, अहिले आँखाले देखिने वस्तुहरू अस्तित्वमा छन् र जतिखेर पनि हातमा लिएर हेर्न सकिन्छ भन्ने आश्वस्ति हुन्छ।
一方(いっぽう)、USBに写真(しゃしん)を入(い)れても、そのUSBをなくしてしまったら、もう二度(にど)と見(み)ることができなくなる。
अर्कोतर्फ, USB मा तस्बिरहरू राखे पनि त्यो USB हराएमा ती तस्बिरहरू फेरि कहिल्यै हेर्न नसकिने हुँदछ।
そんな不安(ふあん)から、デジタル化(か)の作業(さぎょう)の手(て)は、ときどき止(と)まってしまうのだ。
त्यस्तो चिन्ताबाट, डिजिटलीकरणको काम कहिलेकाहीँ बीचमै रोकिन्छ।


CHECK
Q1 これとはどんなことですか。
      यो भनेको के हो?
An 写真(しゃしん)を一枚(いちまい)も整理(せいり)できずに終(お)わってしまうこと。
      तस्बिर एक पनि व्यवस्थित गर्न नसकी अन्त्य हुनु।

Q2 「また、撮(と)ればいい」とはならないのはどうしてですか。
      「फेरि खिचे भए हुन्छ」भन्न मिल्दैन किन हो?
An  同(おな)じような写真(しゃしん)を撮(と)ることはもうできないから。
      किनकि उस्तै प्रकारका तस्बिर फेरि खिच्न सम्भव छैन।