Marugoto N2 – Lesson 13: “चिन्ता”को वास्तविक स्वरूप

शब्दावली

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मुख्य शब्दअर्थ
極端(きょくたん)にअत्यन्त
職種(しょくしゅ)कामको प्रकार
単調(たんちょう)(な)एकरूप
フリーターअंशकालिक कामदार
なりたてभर्खरै बनेको
ブログब्लग
アクセス(する)पहुँच गर्नु
カウンターसेवा डेस्क;गणना गर्ने यन्त्र
把握(はあく)(する)बुझ्नु;सम्झनु
手(て)ごたえप्रतिक्रिया;सफलताको अनुभूति
普及(ふきゅう)(する)प्रसार हुनु;व्यापक हुनु
生(い)きがいजीवनको अर्थ
不特定多数(ふとくていたすう)अनिर्दिष्ट धेरै मानिसहरू
むなしいनिरर्थक
しばしばअक्सर
整頓(せいとん)(する)व्यवस्थित गर्नु

व्याकरण

व्याकरण


~ものの

यद्यपि ~

◎ वस्तुस्थिति स्वीकार्दै नतिजा आशासँग फरक पर्नु

1. スポーツクラブに入会(にゅうかい)したものの、まだ1回(かい)しか行(い)っていない。
     खेलकुद क्लबमा भर्ना त भएँ,तर अहिलेसम्म एकचोटि मात्रै गएको छु।

2. ホテルの周(まわ)りを歩(ある)いてみたものの、面白(おもしろ)いものは何(なに)もなかった。
     होटलको वरिपरि हिँडेँ तर रोचक केही पनि थिएन।


~といった

जस्तै ~, उदाहरणका लागि ~

◎ विशिष्ट उदाहरण दिन 'जस्तै'/'भनेर चिनिन्छ' भन्ने अर्थ

1. ここは、黄色(きいろ)やオレンジといった、明(あか)るい色(いろ)の方(ほう)がいいです。
     यहाँ पहेँलो र सुन्तला जस्ता उज्यालो रङहरू राम्रो हुन्छन्।

2. サッカーや野球(やきゅう)といったボールを使(つか)ったスポーツが得意(とくい)です。
     म फुटबल र बेसबल जस्ता बल प्रयोग गरिने खेलहरूमा राम्रो छु।

पढाइ बुझाइ

   こうして「とりあえずごとでも」と就職(しゅうしょく)を決(き)めた学生のその後の道は、極端(きょくたん)に二(ふた)つに分(わ)かれることが多(おお)い。一(ひと)つは、気(き)が進(すす)まないと思(おも)っていた職種(しょくしゅ)でも就職(しゅうしょく)してみたら意外(いがい)に面白(おもしろ)みを感(かん)じ、人間関係(にんげんかんけい)にも恵(めぐ)まれ、生(い)き生(い)きと働(はたら)くようになる、という道(みち)。そしてもう一(ひと)つは、入社(にゅうしゃ)してみたものの、やはり仕事(しごと)の内容(ないよう)や会社(かいしゃ)に魅力(みりょく)を感(かん)じることができず、何年(なんねん)もしないうちに退職(たいしょく)してしまう、という道(みち)。後者(こうしゃ)には次(つぎ)の職場も決めずに辞める人も多く、結局(けっきょく)、彼(かれ)らはフリーターになってしまう。どちらの道(みち)に進(すす)む人(ひと)が多(おお)いのか、正確(せいかく)なことはわからないが、私(わたくし)の場合(ばあい)は、社会人(しゃかいじん)になりたての卒業生(そつぎょうせい)から「やめたい」と相談(そうだん)されることがかなり多(おお)い。
   そういう相談(そうだん)をしてくる卒業生(そつぎょうせい)たちに「どうして辞(や)めたいの?そんなにツラいの?給料(きゅうりょう)が安(やす)すぎる、ってこと?」ときくと、ほとんどの人(ひと)は「しんどさ、賃金(ちんぎん)の低(ひく)さが問題(もんだい)ではない」と答(こた)える。彼(かれ)らが問題(もんだい)に感(かん)じているのは、「仕事(しごと)内容(ないよう)が単調(たんちょう)なこと」「自分(じぶん)の意見(いけん)を聞(き)いてもらえないこと」だという。つまり、やりがいのなさ、自分(じぶん)らしさの実感(じっかん)のなさが、職場(しょくば)への不満(ふまん)につながっているようなのだ。
   「じゃ、どうなれば頑張(がんば)れるの?」とさらに尋(たず)ねると、「★今日(きょう)の頑張(がんば)りで目標(もくひょう)にどれぐらい近付(ちかづ)いたか、目(め)に見(み)えてわかればいいのですが」という答(こた)えだった。どうやら彼(かれ)の頭(あたま)の中(なか)にあるのは、ネットで公開(こうかい)している自分(じぶん)の日記(にっき)(ブログ)のアクセス数(すう)のカウンターのようなイメージらしい。
   ネットの日記(にっき)のように、多(おお)くの人(ひと)が注目(ちゅうもく)してくれて、その注目度(ちゅうもくど)がアクセス数(すう)といった数字(すうじ)で把握(はあく)できて、さらにそれが日(ひ)に日(ひ)にアップしていくこと。それこそが、若(わか)い彼(かれ)らにとっては「やりがい」「自分(じぶん)らしさ」の手(て)ごたえなのかもしれない。逆(ぎゃく)の言(い)い方(かた)をすれば、インターネットの普及(ふきゅう)によって「多(おお)くの人(ひと)に関心(かんしん)を持(も)ってもらうこと」がもたらす快感(かいかん)に若者(わかもの)たちが気(き)づいてしまったことも、”その他("そのた)、大勢(おおぜい)”として働(はたら)く新人時代(しんじんじだい)をいっそうつまらなく意味(いみ)のないものに見(み)せているのかもしれない。
   しかし、多(おお)くの人(ひと)に注目(ちゅうもく)され、目立(めだ)ちさえすればそれだけで本当(ほんとう)に人(ひと)は「生(い)きがい」を手(て)にいれられるか、と言(い)えばそれもまた違(ちが)う。精神科(せいしんか)の診察室(しんさつしつ)にも、「仕事(しごと)で成功(せいこう)して不特定多数(ふとくていたすう)の人(ひと)に注目(ちゅうもく)されるようにはなったけれど、なんだかむなしい」という悩(なや)みを抱(かか)えた人(ひと)がしばしばやって来(く)る。そういう人(ひと)に、「では、今(いま)の時点(じてん)であなたが考(かんが)える充実(じゅうじつ)とは何(なん)ですか」ときくと、「誰(だれ)にも知(し)られなくても収入(しゅうにゅう)が減(へ)ってもいいから、規則(きそく)正(ただ)しい食事(しょくじ)や部屋(へや)の整理整頓(せいりせいとん)など、落(お)ち着いた生活をしっかり送(おく)ること」といった離職(りしょく)相談(そうだん)の若者(わかもの)たちとは正反対(せいはんたい)の答えが返って来る。

(香山(かやま)リカ『「悩(なや)み」の正体』(しょうたい」)岩波新書(いわなみしんしょ)より)

CHECK
Q1 社会人(しゃかいじん)になりたての卒業生(そつぎょうせい)たちが、仕事(しごと)を辞(や)めたいと考(かんが)える理由(りゆう)は何(なん)ですか。
Q2 精神科(せいしんか)の診療室(しんりょうしつ)に来(く)る仕事(しごと)で成功(せいこう)した人(ひと)は、何(なに)を求(もと)めていますか。

☞ अनुवाद
   
こうして「とりあえずごとでも」と就職(しゅうしょく)を決(き)めた学生のその後の道は、極端(きょくたん)に二(ふた)つに分(わ)かれることが多(おお)い。
यसरी 「अहिलेको लागि भए पनि」 भनेर रोजगारी निश्चय गरेका विद्यार्थीहरूको त्यसपछि जाने बाटो प्रायः दुईध्रुवी रूपमा विभाजित हुन्छ।
一(ひと)つは、気(き)が進(すす)まないと思(おも)っていた職種(しょくしゅ)でも就職(しゅうしょく)してみたら意外(いがい)に面白(おもしろ)みを感(かん)じ、人間関係(にんげんかんけい)にも恵(めぐ)まれ、生(い)き生(い)きと働(はたら)くようになる、という道(みち)。
एउटा भनेको, पहिले मन नलाग्ने ठानेको पेशामा पनि काम थाल्दा अनपेक्षित रूपमा रोचक महसुस हुने, मानवीय सम्बन्धहरू मिल्ने, र उर्जावान भएर काम गर्न थाल्ने बाटो हो।
そしてもう一(ひと)つは、入社(にゅうしゃ)してみたものの、やはり仕事(しごと)の内容(ないよう)や会社(かいしゃ)に魅力(みりょく)を感(かん)じることができず、何年(なんねん)もしないうちに退職(たいしょく)してしまう、という道(みち)。
र अर्को भनेको, कम्पनीमा प्रवेश गरेपनि कामको विषयवस्तु वा कम्पनीप्रति आकर्षण महसुस गर्न नसक्नु र केही वर्ष नबित्दै जागिर छोडिदिने बाटो हो।
後者(こうしゃ)には次(つぎ)の職場も決めずに辞める人も多く、結局(けっきょく)、彼(かれ)らはフリーターになってしまう。
पछिल्लो समूहमा धेरैजना अर्को कामस्थल नफुकेर नै छोड्छन् र अन्ततः उनीहरू पार्ट-टाइम कामदार बन्छन्।
どちらの道(みち)に進(すす)む人(ひと)が多(おお)いのか、正確(せいかく)なことはわからないが、私(わたくし)の場合(ばあい)は、社会人(しゃかいじん)になりたての卒業生(そつぎょうせい)から「やめたい」と相談(そうだん)されることがかなり多(おお)い。
कुन बाटोमा बढी मानिसहरू जाने भन्ने कुरा ठ्याक्कै थाहा छैन, तर मेरो अवस्थामा काममा नयाँ प्रवेश गरेका स्नातकहरूले मलाई निकै पटक 「छोड्न चाहन्छु」 भनी परामर्श दिने गर्छन्।

   
そういう相談(そうだん)をしてくる卒業生(そつぎょうせい)たちに「どうして辞(や)めたいの?そんなにツラいの?給料(きゅうりょう)が安(やす)すぎる、ってこと?」ときくと、ほとんどの人(ひと)は「しんどさ、賃金(ちんぎん)の低(ひく)さが問題(もんだい)ではない」と答(こた)える。
त्यस्ता परामर्श गर्ने स्नातकहरूलाई मैले 「किन छोड्न चाहनुहुन्छ? यति कष्टकर छ? मतलब तलब धेरै नै कम छ?」 भनी सोध्दा, अधिकांशले 「कष्ट र तलबको कमी समस्या होइन」 भन्छन्।
彼(かれ)らが問題(もんだい)に感(かん)じているのは、「仕事(しごと)内容(ないよう)が単調(たんちょう)なこと」「自分(じぶん)の意見(いけん)を聞(き)いてもらえないこと」だという。
उनीहरूलाई समस्या लागेको कुरा भनेको, 「कामका जिम्मेवारीहरू एकरूप हुनु」「आफ्नो विचार सुन्न नपाइने」हो भन्ने हो।
つまり、やりがいのなさ、自分(じぶん)らしさの実感(じっかん)のなさが、職場(しょくば)への不満(ふまん)につながっているようなのだ。
अर्थात्, प्रेरणाको कमी र आफूपनाको अनुभूतिको अभावले कार्यस्थलप्रति असन्तुष्टता निम्त्याइरहेको जस्तो देखिन्छ।

   
「じゃ、どうなれば頑張(がんば)れるの?」とさらに尋(たず)ねると、「★今日(きょう)の頑張(がんば)りで目標(もくひょう)にどれぐらい近付(ちかづ)いたか、目(め)に見(み)えてわかればいいのですが」という答(こた)えだった。
「अनि, कस्तो अवस्थामा भएमा मिहिनेत गर्न सक्छौ?」 भनी थप सोध्दा, 「★आजको मेहनतले लक्ष्यमा कति नजिक पुगेँ भन्ने कुरा आँखा देख्ने गरी थाहा भए राम्रो हुन्थ्यो」 भन्ने उत्तर आयो।
どうやら彼(かれ)の頭(あたま)の中(なか)にあるのは、ネットで公開(こうかい)している自分(じぶん)の日記(にっき)(ブログ)のアクセス数(すう)のカウンターのようなイメージらしい。
जस्तो देखिन्छ, उनको मनमा रहेको छवि इन्टरनेटमा प्रकाशित आफ्नो डायरी ब्लगको दर्शक संख्या काउन्टर जस्तो छ।

   
ネットの日記(にっき)のように、多(おお)くの人(ひと)が注目(ちゅうもく)してくれて、その注目度(ちゅうもくど)がアクセス数(すう)といった数字(すうじ)で把握(はあく)できて、さらにそれが日(ひ)に日(ひ)にアップしていくこと。
इन्टरनेटको डायरीझैँ, धेरै मानिसहरूले त्यसमा ध्यान दिन्छन्, त्यो ध्यान पहुँचको सङ्ख्याबाट थाहा पाउन सकिन्छ, र त्यो दिनदिनै बढ्दै जानु।
それこそが、若(わか)い彼(かれ)らにとっては「やりがい」「自分(じぶん)らしさ」の手(て)ごたえなのかもしれない。
त्यही हुन सक्छ, युवा तिनीहरूका लागि 「काममा अर्थ」「आफ्नोपनाको अनुभूति」जस्ता महसुस।
逆(ぎゃく)の言(い)い方(かた)をすれば、インターネットの普及(ふきゅう)によって「多(おお)くの人(ひと)に関心(かんしん)を持(も)ってもらうこと」がもたらす快感(かいかん)に若者(わかもの)たちが気(き)づいてしまったことも、”その他("そのた)、大勢(おおぜい)”として働(はたら)く新人時代(しんじんじだい)をいっそうつまらなく意味(いみ)のないものに見(み)せているのかもしれない。
अर्को तरिकाले भन्नुपर्दा, इन्टरनेटको प्रसारले「धेरै मानिसहरूको चासो तान्ने कुरा」ले ल्याउने सुखद अनुभूति प्रति युवाहरूको चासो जागेको कुरा पनि, ”अन्य, धेरैजना”को रूपमा काम गर्ने नवप्रवेशी समयलाई अझै झन् उबाउ र अर्थहीन देखाउन सक्छ।

   
しかし、多(おお)くの人(ひと)に注目(ちゅうもく)され、目立(めだ)ちさえすればそれだけで本当(ほんとう)に人(ひと)は「生(い)きがい」を手(て)にいれられるか、と言(い)えばそれもまた違(ちが)う。
तर, धेरै मानिसहरूको ध्यान तानेर र केवल अलग देखिनुले के साँच्चै मानिसले जीवनको अर्थ पाउन सक्छ भने, त्यो पनि होइन।
精神科(せいしんか)の診察室(しんさつしつ)にも、「仕事(しごと)で成功(せいこう)して不特定多数(ふとくていたすう)の人(ひと)に注目(ちゅうもく)されるようにはなったけれど、なんだかむなしい」という悩(なや)みを抱(かか)えた人(ひと)がしばしばやって来(く)る。
मनोचिकित्सा क्लिनिकको परामर्श कोठामा पनि, 「काममा सफल भएर अज्ञात बहुसंख्यक मानिसहरूको ध्यान तानेँ तर कसरी हो केही खाली लाग्छ」भनेर चिन्तित मानिसहरू प्रायः आउँछन्।
そういう人(ひと)に、「では、今(いま)の時点(じてん)であなたが考(かんが)える充実(じゅうじつ)とは何(なん)ですか」ときくと、「誰(だれ)にも知(し)られなくても収入(しゅうにゅう)が減(へ)ってもいいから、規則(きそく)正(ただ)しい食事(しょくじ)や部屋(へや)の整理整頓(せいりせいとん)など、落(お)ち着いた生活をしっかり送(おく)ること」といった離職(りしょく)相談(そうだん)の若者(わかもの)たちとは正反対(せいはんたい)の答えが返って来る。
त्यस्ता मानिसहरूलाई,「तँ अहिलेको अवस्थामा जिन्दगीको सन्तुष्टि के हो भन्छौ?」 भनी सोध्दा, 「कसैले नचिने पनि हुन्छ, आम्दानी घटे पनि हुन्छ, तर नियमबद्ध खाना र कोठा सुथार्ने जस्ता, शान्त र व्यवस्थित जीवन बिताउने कुरा」जस्ता उत्तरहरू आउँछन्; ती उत्तरहरू रोजगारी छोड्ने परामर्श माग्ने युवाहरूका उत्तरसँग बिलकुल उल्टाका हुन्छन्।


(香山(かやま)リカ『「悩(なや)み」の正体』(しょうたい」)岩波新書(いわなみしんしょ)より)
कायामा रिका『「悩み」の正体』इवानामी शिन्शोबाट


CHECK
Q1 社会人(しゃかいじん)になりたての卒業生(そつぎょうせい)たちが、仕事(しごと)を辞(や)めたいと考(かんが)える理由(りゆう)は何(なん)ですか。
      काममा भर्खरै लागेका स्नातकहरूले जागिर छोड्न चाहने विचार किन गर्छन्?
An やりがいや自分(じぶん)らしさの実感(じっかん)が感(かん)じられないこと。
      काममा अर्थ वा आफूजस्तो महसुस नहुनु।

Q2 精神科(せいしんか)の診療室(しんりょうしつ)に来(く)る仕事(しごと)で成功(せいこう)した人(ひと)は、何(なに)を求(もと)めていますか。
      मनोचिकित्सा क्लिनिकमा आउने, काममा सफल भएका मानिसहरू के खोज्छन्?
An  誰(だれ)にも知(し)られなくても収入(しゅうにゅう)が減(へ)ってもいいから、規則正(きそくただ)しい食事(しょくじ)や部屋(へや)の整理整頓(せいりせいとん)など、落(お)ち着(つ)いた生活(せいかつ)をしっかり送(おく)ること。
      कसैलाई थाहा नहुनु र आम्दानी घटे पनि हुन्छ भनी, नियमित खाना र कोठा मिलाएर राख्ने जस्ता शान्त र व्यवस्थित जीवन यथावत् बिताउनु।