Marugoto N2 – Lesson 25: सञ्चार कौशल (भाग 2)

शब्दावली

शब्दावली

मुख्य शब्दअर्थ
風土(ふうど)जलवायु र भौगोलिक विशेषता;स्थानीय सांस्कृतिक परिवेश
培(つちか)うपालनपोषण गर्नु;विकास गराउनु
差異(さい)भिन्नता
染(し)み込(こ)むसोखिनु
人柄(ひとがら)स्वभाव
掲載(けいさい)प्रकाशन
撲滅(ぼくめつ)(する)उन्मूलन गर्नु
衰退(すいたい)(する)अवनति हुनु
こなすसम्हाल्नु
廃(すた)れるचलनबाट बाहिरिनु
看過(かんか)(する)नजरअन्दाज गर्नु

व्याकरण

व्याकरण


~にもかかわらず

यद्यपि

◎ वास्तविकता वा अवस्थासँग उल्टो हुने अर्थ व्यक्त गर्ने

1. 長年英語(ながねんえいご)を勉強(べんきょう)しているにもかかわらず、なかなか上手(うま)く話(はな)せない。
     धेरै वर्षदेखि अंग्रेजी सिक्दै आएँ तर अझै राम्रोसँग बोल्न सक्दिन।

2. けがをしているにもかかわらず、彼(かれ)は今日(きょう)も試合(しあい)に出(で)た。
     घाइते भए पनि, उनी आज पनि खेलमा उत्रिए।


その人(ひと)柄(がら)が出(で)ている

उसको स्वभाव देख्नु

◎ 「出る」को अर्थ प्रकट हुनु; देखिनु

पढाइ बुझाइ

   方言(ほうげん)は日本語(にほんご)の宝(たから)だ。日本(にほん)は狭(せま)い国土(こくど)ながら、南北(なんぼく)に長(なが)く伸(の)びている。気候(きこう)・風土(ふうど)が相当異(そうとうこと)なる。そこで培(つちか)われた人間性(にんげんせい)や人間関係(にんげんかんけい)の取(と)り方(かた)も相当(そうとう)差異(さい)がある。方言(ほうげん)には、そうした風土(ふうど)の違(ちが)いが色濃(いろこ)く染(し)み込(こ)んでいるのだ。
   方言(ほうげん)で話(はな)されると、どこの方言(ほうげん)でもその人(ひと)の人柄(ひとがら)が出(で)ているような気(き)がしてくる。体温(たいおん)が伝(つた)わってくる言葉(ことば)なのである。★個人(こじん)としての体温(たいおん)と言(い)うよりは、風土全体(ふうどぜんたい)が体(からだ)のぬくもりとして伝(つた)わってくると言(い)うイメージだ。今(いま)どきは共通語(きょうつうご)はテレビを通(とお)して十分身(じゅうぶんみ)につけることができる。共通語(きょうつうご)が話(はな)せなくて困(こま)ると言(い)うことは、ほとんどない。いま必要(ひつよう)なのは、むしろ方言(ほうげん)の教育(きょういく)だ。ところが、生徒手帳(せいとてちょう)にかつては「方言(ほうげん)の使用(しよう)を禁止(きんし)する」という項目(こうもく)を掲載(けいさい)していた地方(ちほう)もあるほどで、その方言撲滅運動(ほうげんぼくめつうんどう)の成果(せいか)もあってか、全国(ぜんこく)で方言能力(ほうげんのうりょく)の急激(きゅうげき)な低下(ていか)がみられる。
   この衰退(すいたい)は深刻(しんこく)だ。現在八十台(げんざいはちじゅうだい)の方(かた)は、方言(ほうげん)を使(つか)いこなすことが相当(そうとう)できる。五十代(ごじゅうだい)になると、その三分(さんぶん)の一程度(いちていど)の方言能力(ほうげんのうりょく)しか有(ゆう)していない感(かん)じがする。これは、各地(かくち)を訪(おとず)れるたびに、自分(じぶん)と八十代(はちじゅうだい)の人(ひと)を比較(ひかく)してどの程度(ていど)の差(さ)があるか、と私(わたし)が聞いた際の答えを参考(さんこう)にしている。二十代(にじゅうだい)になると、方言能力(ほうげんのうりょく)は急速(きゅうそく)な低下傾向(ていかけいこう)を見(み)せる。関西(かんさい)の言葉(ことば)のように、テレビで大(おお)きな勢力(せいりょく)を持(も)っている言葉(ことば)は比較的廃(ひかくてきすた)れていない。しかし、鹿児島弁(かごしまべん)などは、方言(ほうげん)の代表選手(だいひょうせんしゅ)のような魅力(みりょく)を持(も)っているにもかかわらず、若(わか)い人(ひと)は喋(しゃべ)らなくなってきているのだ。これは全(まった)く看過(かんか)することのできない事態(じたい)である。

(齋藤崇(さいとうたかし)『コミュニケーション力(りょく)』岩波新書(いわなみしんしょ)により)

CHECK
Q1 そうしたとはどのような意味(いみ)ですか。
Q2 この文章(ぶんしょう)によると、関西(かんさい)の方言(ほうげん)が廃(すた)れていないのはなぜだと考(かんが)えられますか。

☞ अनुवाद
   
方言(ほうげん)は日本語(にほんご)の宝(たから)だ。
अपभाषा जापानी भाषाको खजाना हो।
日本(にほん)は狭(せま)い国土(こくど)ながら、南北(なんぼく)に長(なが)く伸(の)びている。
जापान सानो भूभाग भए पनि उत्तरदेखि दक्षिणसम्म लामो रूपमा फैलिएको छ।
気候(きこう)・風土(ふうど)が相当異(そうとうこと)なる。
जलवायु र वातावरण निकै फरक छन्।
そこで培(つちか)われた人間性(にんげんせい)や人間関係(にんげんかんけい)の取(と)り方(かた)も相当(そうとう)差異(さい)がある。
त्यहाँमा विकसित भएका मानवीय स्वभाव र मानवीय सम्बन्ध सम्हाल्ने तरिकामा पनि निकै भिन्नता छ।
方言(ほうげん)には、そうした風土(ふうど)の違(ちが)いが色濃(いろこ)く染(し)み込(こ)んでいるのだ。
अपभाषामा,त्यस्ता वातावरणका फरकहरू गहिरोसँग समाहित छन्।

   
方言(ほうげん)で話(はな)されると、どこの方言(ほうげん)でもその人(ひと)の人柄(ひとがら)が出(で)ているような気(き)がしてくる。
अपभाषामा बोलिँदा, जुनसुकै अपभाषा होस्, त्यो व्यक्तिको स्वभाव प्रकट भएको जस्तो लाग्छ।
体温(たいおん)が伝(つた)わってくる言葉(ことば)なのである。
यस्ता शब्दहरू हुन् जसले न्यानोपनको अनुभूति दिन्छन्।
★個人(こじん)としての体温(たいおん)と言(い)うよりは、風土全体(ふうどぜんたい)が体(からだ)のぬくもりとして伝(つた)わってくると言(い)うイメージだ。
यो व्यक्तिगत तातोपन भन्दा बढी, सम्पूर्ण वातावरणले शरीरको न्यानोपनझैं सर्नेजस्तो अनुभूति दिन्छ भन्ने छवि हो।
今(いま)どきは共通語(きょうつうご)はテレビを通(とお)して十分身(じゅうぶんみ)につけることができる。
आजकाल साझा भाषा टेलिभिजनमार्फत पर्याप्त रूपमा सिक्न सकिन्छ।
共通語(きょうつうご)が話(はな)せなくて困(こま)ると言(い)うことは、ほとんどない。
साझा भाषा बोल्न नसक्दा झन् समस्या पर्ने कुरा प्रायः हुँदैन।
いま必要(ひつよう)なのは、むしろ方言(ほうげん)の教育(きょういく)だ。
अहिले आवश्यक परेको कुरा त बरु स्थानीय बोलीको शिक्षा हो।
ところが、生徒手帳(せいとてちょう)にかつては「方言(ほうげん)の使用(しよう)を禁止(きんし)する」という項目(こうもく)を掲載(けいさい)していた地方(ちほう)もあるほどで、その方言撲滅運動(ほうげんぼくめつうんどう)の成果(せいか)もあってか、全国(ぜんこく)で方言能力(ほうげんのうりょく)の急激(きゅうげき)な低下(ていか)がみられる。
तर, पहिले केही ठाउँहरूमा विद्यार्थी नियमावलीमै 'स्थानीय बोलीको प्रयोग निषेध' भन्ने बुँदा राखिने सम्मको अवस्थामा थियो; त्यो स्थानीय बोली उन्मूलन आन्दोलनको प्रभाव पनि होला कि, देशभर स्थानीय बोली दक्षतामा तीव्र गिरावट देखिन्छ।

   
この衰退(すいたい)は深刻(しんこく)だ。
यो गिरावट गम्भीर छ।
現在八十台(げんざいはちじゅうだい)の方(かた)は、方言(ほうげん)を使(つか)いこなすことが相当(そうとう)できる。
हाल ८० वर्ष उमेरका मानिसहरू स्थानीय बोली राम्रोसँग प्रयोग गर्न सक्षम छन्।
五十代(ごじゅうだい)になると、その三分(さんぶん)の一程度(いちていど)の方言能力(ほうげんのうりょく)しか有(ゆう)していない感(かん)じがする。
५० वर्ष उमेरका समूहमा पुग्दा, तिनीहरूको स्थानीय बोली दक्षता त्यो भन्दा करिब एक तिहाइ मात्र रहेको महसुस गरिन्छ।
これは、各地(かくち)を訪(おとず)れるたびに、自分(じぶん)と八十代(はちじゅうだい)の人(ひと)を比較(ひかく)してどの程度(ていど)の差(さ)があるか、と私(わたし)が聞いた際の答えを参考(さんこう)にしている。
यो म प्रत्येक स्थानमा जाँदा आफ्ना र ८० वर्षका मानिसहरूलाई तुलना गरी कति फरक छ भनेर जब मैले सोध्दा पाएको उत्तरहरूलाई आधार मानेर हो।
二十代(にじゅうだい)になると、方言能力(ほうげんのうりょく)は急速(きゅうそく)な低下傾向(ていかけいこう)を見(み)せる。
२० वर्ष उमेर समूहमा पुग्दा स्थानीय बोली दक्षतामा तीव्र गिरावट देखिन्छ।
関西(かんさい)の言葉(ことば)のように、テレビで大(おお)きな勢力(せいりょく)を持(も)っている言葉(ことば)は比較的廃(ひかくてきすた)れていない。
कान्साईको बोलीजस्तै टेलिभिजनमा ठूलो प्रभाव राख्ने बोलीहरू तुलनात्मक रूपमा लोप भएका छैनन्।
しかし、鹿児島弁(かごしまべん)などは、方言(ほうげん)の代表選手(だいひょうせんしゅ)のような魅力(みりょく)を持(も)っているにもかかわらず、若(わか)い人(ひと)は喋(しゃべ)らなくなってきているのだ。
तर कागोशिमा बोलीजस्ता स्थानीय बोलिले प्रतिनिधि जस्तो आकर्षण राखे पनि, युवा मानिसहरू ती बोल्न छाड्दै छन्।
これは全(まった)く看過(かんか)することのできない事態(じたい)である。
यो पूर्ण रूपमा नजरअन्दाज गर्न नहुने स्थिति हो।


(齋藤崇(さいとうたかし)『コミュニケーション力(りょく)』岩波新書(いわなみしんしょ)により)
साइटो ताकाशी『コミュニケーション力』, इवानामी शिन्शो अनुसार।


CHECK
Q1 そうしたとはどのような意味(いみ)ですか。
      त्यस्ता भनेको कस्तो अर्थ हो?
An 狭(せま)い国土(こくど)ながら、南北(なんぼく)に長(なが)く伸(の)びているという意味(いみ)。
      सानो भूभाग भएको बाबजुद पनि उत्तर–दक्षिण दिशामा लामो रूपमा फैलिएको भन्ने अर्थ।

Q2 この文章(ぶんしょう)によると、関西(かんさい)の方言(ほうげん)が廃(すた)れていないのはなぜだと考(かんが)えられますか。
      यस पाठअनुसार, किन कान्साइको बोलि बिलिन पुगेको छैन भनेर किन मानिन्छ?
An  テレビで大(おお)きな勢力(せいりょく)を持(も)っているから。
      टेलिभिजनमा ठूलो प्रभुत्व/प्रभाव भएको कारणले।