주장 이해(장문)- 문제 4

問題4-4


   もともと世界中(せかいじゅう)の人々(ひとびと)は同(おな)じ言葉(ことば)を使(つか)っていた。そして自分(じぶん)たちが地上(ちじょう)に散(ち)らばってしまうのを防(ふせ)ぐため、統合(とうごう)の象徴(しょうちょう)として天(てん)まで届(とど)く高(たか)い塔(とう)を建設(けんせつ)しようと考(かんが)えた。これがバベルの塔(とう)です。
   ところが神(かみ)は、人間(にんげん)がこのようなことを企(くわだ)てるのは皆(みんな)が同(おな)じ言葉(ことば)を話(はな)しているせいであり、放(ほう)っておくとどんなに大それたことをしでかすかわからないと考(かんが)えて、彼(かれ)らの言葉(ことば)を混乱(こんらん)させて互(たが)いに理解(りかい)できないようにしてしまった、というのですね。世界(せかい)には3000以上(いじょう)の言語(げんご)がある、とはじめに申(もう)し上(あ)げましたが、なぜ言葉(ことば)がこんなにばらばらになってしまったのかを説明(せつめい)するために、こうした物語(ものがたり)が考(かんが)え出(だ)されたのでしょう。
   確(たし)かに、地域(ちいき)によってこれだけ多様(たよう)な言語(げんご)が使(つか)われているというのは、考(かんが)えてみれば不思議(ふしぎ)なことでもあり、大変不便(たいへんふべん)なことでもあります。もし世界中(せかいじゅう)の言語(げんご)が統一(とういつ)されたら、どこに行(い)っても誰(だれ)とでも話(はな)せるし、外国旅行(がいこくりょこう)も気軽(きがる)にできるわけですから、どんなに便利(べんり)だろうと思(おも)ったことのある人(ひと)も少(すく)なくないでしょう。実際(じっさい)そうした理念(りねん)から、世界共通(せかいきょうつう)の言葉(ことば)として「エスペラント語(ご)」という人工言語(じんこうげんご)を作(つく)る試(こころ)みがなされてきたことは、皆(みな)さんもご存(ぞん)じだと思(おも)います
   しかし、逆(ぎゃく)にこう考(かんが)えてみることもできるのではないでしょうか。もし世界(せかい)に一(ひと)つしか言語(げんご)が存在(そんざい)しなかったとしたら、これほど変化(へんか)に富(と)み、これほど魅力的(みりょくてき)で、これほど豊(ゆた)かな文化(ぶんか)が生(う)み出(だ)されることはなかったのではないか。言語(げんご)がばらばらだからこそ、世界(せかい)にはあんなにも個性(こせい)に溢(あふ)れた多彩(たさい)な文化(ぶんか)が形成(けいせい)されてきたのではないか。そして 私(わたし)たちは、それらの文化(ぶんか)に触(ふ)れることで、自分(じぶん)とは異(こと)なる価値観(かちかん)、異(こと)なる習慣(しゅうかん)、異(こと)なる思想(しそう)、異(こと)なる信仰(しんこう)を持(も)った人(ひと)たち、つまり絶対的(ぜったいてき)な「他者(たしゃ)」というものが、世界(せかい)のいたるところで生(い)きているのだという厳粛(げんしゅく)な事実(じじつ)にはじめて想(おも)いをいたし、そのことに率直(そっちょく)に驚(おどろ)き、心(こころ)の底(そこ)から、謙虚(けんきょ)になることができるのではないか。また、そうした人々(ひとびと)と話(はなし)がしたい、理解(りかい)し合(あ)いたいという、切実(せつじつ)な欲求(よっきゅう)を抱(だ)くことができるのではないか。
   つまり、バベルの塔(とう)が挫折(ざせつ)してしまったせいで、確(たし)かに世界(せかい)の人々(ひとびと)は別々の言語を話(べつべつのげんごをはな)すようになり、簡単(かんたん)にはコミュニケーションが取(と)れない不便(ふべん)な状況(じょうきょう)に置(お)かれてしまったけれども、逆(ぎゃく)にそのおかげで、私(わたし)たちは未知(みち)の言語(げんご)を学(まな)ぶ機会(きかい)を与(あた)えられたのであり、それを通(とお)して、異文化(いぶんか)にたいする関心(かんしん)や憧(あこが)れを抱(だ)く喜(よろこ)びを与(あた)えられたのではないか---むしろそう考(かんが)えてみるべきなのではないでしょうか。

(石井(いしい)洋二郎(ようじろう)「『星(ほし)の王子(おうじ)さま』と外国語(がいこくご)の世界(せかい)ーーー文化(ぶんか)の三角(さんかく)測量(そくりょう)」東京(とうきょう)大学(だいがく)教養(きょうよう)学部(がくぶ)編(へん)『高校生(こうこうせい)のための東大(とうだい)授業(じゅぎょう)ライブ純情(じゅんじょう)編(へん)』東京大学出版会(とうきょうだいがくしゅっぱんかい)による)

大(だい)それたこと:常識(じょうしき)の範囲(はんい)から大(おお)きく外(はず)れていること
しでかす:大変(たいへん)なことをしてしまう
理念(りねん):物事(ものごと)がどうあるべきかについての基本的(きほんてき)な考(かんが)え
厳粛(げんしゅく)な:厳(きび)しい、変(か)えられない
想(おも)いをいたし:遠(とお)く離(はな)れた物事(ものごと)に関心(かんしん)を向(む)けて
切実(せつじつ)な:身近(みぢか)で重大(じゅうだい)なために、強(つよ)く感(かん)じられる
挫折(ざせつ):だめになること

問題(もんだい) 1筆者(ひっしゃ)は、「バベルの塔(とう)」の物語(ものがたり)が考(かんが)え出(だ)されたのはなぜだと言(い)っているか。
1.人間(にんげん)が自己(じこ)中心的(ちゅうしんてき)な存在(そんざい)だということを忘(わす)れないため
2.世界(せかい)に存在(そんざい)する言語(げんご)が多様(たよう)であることを理由(りゆう)づけるため
3.同(おな)じ言語(げんご)でわかり合いたいという人間の願望を表現(ひょうげん)するため
4.自分(じぶん)の知(し)らない言語(げんご)を学(まな)ぶ喜(よろこ)びを伝(つた)えるため

問題(もんだい)2 絶対(ぜったい)的(てき)な「他者(たしゃ)」とは、どのような人(ひと)たちか。
1.豊(ゆた)かな文化(ぶんか)を作(つく)り上(あ)げてきた人(ひと)たち
2.社会的(しゃかいてき)な制約(せいやく)を受(う)けずに生(い)きている人(ひと)たち
3.自分(じぶん)と全(まった)く異(こと)なる考(かんが)え方(かた)を持(も)つ人(ひと)たち
4.仲間(なかま)として理解(りかい)することが不可能(ふかのう)な人(ひと)たち

問題(もんだい)3 筆者(ひっしゃ)は、人間(にんげん)社会(しゃかい)に多(おお)くの異(こと)なる言語(げんご)が存在(そんざい)することをどう考(かんが)えているか。
1.多様(たよう)な文化(ぶんか)を創(つく)り出(だ)し、人々(ひとびと)に異文化(いぶんか)に対(たい)する興味(きょうみ)を持(も)たせるきっかけになった。
2.互(たが)いに理解(りかい)し合いたいという気持ちが強(つよ)まり、グループを作(つく)る国(くに)や地域(ちいき)が増(ふ)えた。
3.言語以外(げんごいがい)のコミュニケーションの必要(ひつよう)から、通信技術(つうしんぎじゅつ)の急速(きゅうそく)な発達(はったつ)の要因(よういん)となった。
4.他者(たしゃ)との交流(こうりゅう)を困難(こんなん)にさせ、自分(じぶん)たちの文化(ぶんか)をより愛(あい)するようになった。

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