짧은 글 독해 – 문제 2

問題1-2


   花屋(はなや)に並(なら)んでいる美(うつく)しい花(はな)は、私(わたし)たちの目(め)を楽(たの)しませてくれますが、道端(みちばた)に咲(さ)く雑草(ざっそう)はどうでしょう。人(ひと)の目(め)を楽(たの)しませることができない無用(むよう)なものなのでしょうか。
   田(た)んぼなどの土手(どて)に生(は)えている雑草(ざっそう)は、見(み)た人(ひと)は地味(じみ)でも力強(ちからづよ)く根(ね)を張(は)って土(つち)をつかみ、土手(どて)が崩(くず)れないようにしています。観賞用(かんしょうよう)にもならないと言(い)って、雑草(ざっそう)を取(と)り除(のぞ)いてしまったら、土手(どて)は崩(くず)れやすくなり、田(た)んぼの保水力(ほうすいりょく)も弱(よわ)まってしまいます。
   植物(しょくぶつ)が有用(ゆうよう)かどうかは、見(み)た目(め)からはわからないのではないでしょうか。
土手(どて):川(かわ)や田(た)を囲(かこ)うために、土(つち)を盛(も)り上(あ)げてあるところ

問題(もんだい)1筆者(ひっしゃ)は、「雑草(ざっそう)」に対(たい)してどのような考(かんが)えを持(も)っているか。
1.きれいな花(はな)と同様(どうよう)、人(ひと)の目(め)を楽(たの)しませることができる。
2.田(た)んぼの水(みず)を吸(す)ってしまうので、取(と)り除(のぞ)いた方(ほう)がいい。
3.観賞用(かんしょうよう)のために取(と)り除(のぞ)いてしまうのはよくない。
4.なくてもよさそうに見(み)えても、重要(じゅうよう)な役割(やくわり)があります。

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