语法
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~かのよう(だ/な/に)
像 ~◎ 表示看到或感觉像那样,尽管实际并非如此。常与副词如 「まるで」「いかにも」和「あたかも」一起使用
1. 彼女はまるで、何でも知っているかのように説明を始めた。
她彷佛什么都知道似的开始解释起来。
2. 彼は何事もなかったかのように振る舞っていた。
他表现得好像什么事也没发生一样。
~となると
如果 ~◎ 表示假设性的判断,意为“如果是那种条件的话”
1. 来週の月曜日が締め切りとなると、急がないといけない。
既然下周一是截止日期,就得赶紧了。
2. 彼がいけないとなると、じゃ、誰が行くことになるんだろう?
如果他不能去的话,那谁会去呢?
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コミュニケーション力をはかる基準としては、話す相手が幅広いという基準も挙げることができる。だれか特定の人間としか話せないとなると、コミュニケーション力は低い。お母さんとしか話すことのできない子供も、友達としか話せない若者、同年代・同性の仕事仲間としか話せない会社員など、会話の相手の幅が狭い人はコミュニケーションが十分ではない。老若男女と接する機会が多いほど、柔軟なコミュニケーション力が養成される。幼児とはどんな話をしたらいいのか、二十代の女性とは、五十代の女性とは・・・・・といったように相手によって話題を変えて、会話の糸口を見つけ出していくことができれば、コミュニケーション力は相当高い。もちろん年齢や性別だけでは十分ではない。相手の置かれている社会的な状況や関心事を瞬時に察知して、対話関係を結ぶ。具体的な状況としては、マンションのエレベーターで二人きりになった場面を考えてみよう。五歳児と一緒になったときに、「何階まで行くの?」と聞く程度のことは普通だ。全く一言も交わさずに、過ごすとすれば、コミュニケーションを煩わしく思っていると判断していい。「どこの幼稚園に行ってるの?」や「今日「ちびまる子ちゃん」やるよね、見る?」といった話題を振ってみることができるかどうか。本当にうまくやれば、十秒ほどの間でも多少とも、心の通い合う会話を交わすことはできる。
世間話の効用というものがある。お天気の話から入り、とりとめもない世間話をする。そうすることで、お互いに素知らぬふりをしているよりは、ずっと気持ちが楽になる。一緒の空間にいて、相手がそこにいることはわかっているのに、あたかも誰もいないかのように振る舞い合うーーーそうした気まずい空気を過ごすよりは、ずっと世間話をして、気持ちを交わし合って別れる。そのほうがずっと気分がいい。
誰とでもすぐに世間話ができる。これは重要なコミュニケーション力である。
(斉藤崇『コミュニケーション力』岩波新書より)
CHECK
Q1 この文章で、コミュニケーション力が高い人とは、どんな人ですか。
Q2 「世間話の効用」にはどんなものがありますか。