Official JLPT N2 Exam – July 2017 – Vocabulary, Grammar & Reading (文字・語彙・文法・読解) 한자 발음 표시/숨기기 ⚠️ Please enable JavaScript to view the content of this page.問題 1 ____の 言葉の読み方として最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。問01:青木(あおき)さんってちょっと幼(おさな)いところがあるよね。아오키 씨는 조금 어린 구석이 있어. くどい ずるい おさない しつこい 問02:しっかり握(にぎ)ってください。꼭 잡아 주세요. ふって にぎって こすって ほって 問03:空気(くうき)が入(はい)らないようにきちんと密閉(みっぺい)してください。공기가 들어가지 않도록 잘 밀폐해 주세요. ひっぺい みっぺい みっぱい ひっぱい 問04:かなりの時間(じかん)をかけてテーマを絞(しぼ)った。꽤 많은 시간을 들여 주제를 좁혔다. しぼった けずった さぐった うかがった 問05:この線(せん)に対(たい)して垂直(すいちょく)な線(せん)を引(ひ)いてください。이 선에 대해 수직인 선을 그려 주세요. ついじき ついちょく すいじき すいちょく 問題 2 ____の 言葉を漢字で書くとき、最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。問06:今朝(けさ)は寒(さむ)くて、池(いけ)がこおった。오늘 아침에는 추워서 연못이 얼었다. 凍った 結った 固った 冷った 問07:エネルギー問題(もんだい)についてのとうろんが行(おこな)われた。에너지 문제에 관한 토론이 열렸다. 党論 討論 討議 党議 問08:私(わたし)たちの団体(だんたい)は、傷(きず)ついた動物(どうぶつ)をすくう活動(かつどう)をしています。우리 단체는 다친 동물을 구조하는 활동을 하고 있습니다. 治う 助う 救う 療う 問09:CDの売(う)れ行(い)きはこうちょうだ。CD 판매가 호조다. 好調 快調 好長 快長 問10:この機械(きかい)はえいきゅうに動(うご)くわけではない。이 기계가 영원히 작동하는 것은 아니다. 延久 永遠 永久 延遠 問題 3 ( )に 入れるのに最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。問11:4月中(がつちゅう)にご入会(にゅうかい)になると、( )年度(ねんど)の会費(かいひ)が無料(むりょう)になります。4월 중에 가입하시면 첫해 회비가 무료입니다. 発 開 頭 初 問12:今(いま)の社長(しゃちょう)は、( )社長(しゃちょう)より15歳(さい)も若(わか)い。지금 사장은 전 사장보다 15살이나 젊다. 先 前 昨 去 問13:ここは会員(かいいん)( )のスポーツクラブだ。여기는 회원제 스포츠 클럽이다. 令 制 則 形 問14:休日(きゅうじつ)の公園(こうえん)は家族(かぞく)( )でいっぱいだった。휴일의 공원은 가족 단위로 가득했다. 込み 付き 伴い 連れ 問15:前(まえ)の席(せき)の人(ひと)は石川(いしかわ)さんのような気(き)がするが、( )後(うし)ろからでは顔(かお)が見(み)えない。앞자리에 앉은 사람은 이시카와 씨인 것 같은데, 바로 뒤에서라 얼굴이 보이지 않는다. 本 正 真 完 問題 4 ( )に 入れるのに最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。問16:骨(ほね)を丈夫(じょうぶ)にするために、カルシウムを( )含(ふく)む食品(しょくひん)をとるようにしている。뼈를 튼튼하게 하기 위해 칼슘이 풍부한 음식을 섭취하려고 한다. 鮮明(せんめい)に 活溌(かつはつ)に 円満(えんまん)に 豊富(ほうふ)に 問17:今週(こんしゅう)は、暑(あつ)くも寒(さむ)くもなく、強(つよ)い風(かぜ)も吹(ふ)かず、( )天気(てんき)が続(つづ)いている。이번 주는 덥지도 춥지도 않고, 강한 바람도 불지 않아 온화한 날씨가 이어지고 있다. 柔(やわ)らかな 穏(おだ)やかな 滑(なめ)らかな 緩(ゆる)やかな 問18:資格試験(しかくしけん)がもうすぐあるのに、最近仕事(さいきんしごと)が忙(いそが)しくて、毎朝(まいあさ)の勉強時間(べんきょうじかん)を十分(じゅうぶん)に( )するのが難(むずか)しいです。자격시험이 곧 있는데, 요즘 일이 바빠 매일 아침 공부할 시간을 충분히 확보하기가 어렵다. 制作(せいさく) 保存(ほぞん) 作成(さくせい) 確保(かくほ) 問19:雑誌(ざっし)に新(あたら)しい広告(こうこく)を出(だ)して、わが社(しゃ)の商品(しょうひん)の良(よ)さを消費者(しょうひしゃ)にもっと( )したい。잡지에 새 광고를 내어 우리 회사 제품의 장점을 소비자에게 더 알리고 싶다. アピール インストール チャージ セット 問20:失敗(しっぱい)したことを( )より、気持(きも)ちを切(き)り替(か)えて、明日(あした)からまたがんばろうと思(おも)う。실패를 후회하기보다 마음을 가다듬고 내일부터 다시 힘내려고 생각한다. 断(ことわ)る 疑(うたが)う 悔(く)やむ あきらめる 問21:わが社(しゃ)が海外(かいがい)への進出(しんしゅつ)を考(かんが)える( )となったのは、二年(にねん)前(まえ)の国際(こくさい)イベントだった。우리 회사가 해외 진출을 생각하게 된 계기는 2년 전의 국제 행사였다. 契機(けいき) 先端(せんたん) 始発(しはつ) 合図(あいず) 問22:この二人(ふたり)はさっきから( )話(はな)しているが、他人(たにん)に聞(き)かれては困(こま)る話(はなし)なのだろうか。이 두 사람은 아까부터 속닥속닥 이야기하고 있는데, 남에게 들키면 곤란한 이야기일까? ぐっすり うろうろ ひそひそ ばっさり 問題 5 ____に意味が最も近いものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。問23:最近(さいきん)は生産(せいさん)が過剰(かじょう)であることが問題(もんだい)になっている。최근에는 생산 과잉이 문제되고 있다. 早(はや)すぎる 少(すく)なすぎる 遅(おそ)すぎる 多(おお)すぎる 問24:もし資料(しりょう)にあやまりがあったら知(し)らせてください。만약 자료에 잘못이 있으면 알려 주세요. 読(よ)みにくいところ 汚(よご)れているところ わかりにくいところ 間違(まちが)っているところ 問25:うちの子(こ)は臆病(おくびょう)だ。우리 아이는 겁이 많다. よく病院(びょういん)をする 何(なん)でも怖(こわ)がる 何(なん)でも忘(わす)れる よく泣(な)く 問26:高橋(たかはし)さんならとっくに帰(かえ)りましたよ。타카하시 씨라면 진작에 돌아갔을 거예요. ずっと前(まえ)に 一人(ひとり)で あわてて 何(なに)も持(も)たずに 問27:あの自転車(じてんしゃ)は弟(おとうと)にゆずりました。그 자전거는 동생에게 넘겨주었다. 貸(か)しました もらいました あげました 借(か)りました 問題 6 次の言葉の使い方として最もよいものを。1・2・3・4から一つ選びなさい。問28:頂上(ちょうじょう) この星(ほし)は、夏(なつ)の夜(よる)12時(じ)ごろ、空(そら)の頂上(ちょうじょう)のあたりに見(み)える。 山(やま)に登(のぼ)り始(はじ)めて5時間(じかん)ぐらいして、ようやく頂上(ちょうじょう)に着(つ)いた。 Từ khi bắt đầu leo núi cũng được khoảng 5 tiếng, cuối cùng tôi cũng leo lên tới đỉnh núi rồi. この家(いえ)の2階(かい)の部屋(へや)は、頂上(ちょうじょう)にも窓(まど)がついているので、とても明(あか)るい。 本棚(ほんだな)がいっぱいになってしまい、本棚(ほんだな)の頂上(ちょうじょう)にも本(ほん)を置(お)いている。 問29:節約(せつやく) 駅(えき)に向(む)かう道路(どうろ)の渋滞(じゅうたい)を節約(せつやく)するため、道(みち)の幅(はば)を広(ひろ)げる工場(こうじょう)が行(おこな)われている。 美術館(びじゅつかん)の中(なか)は、かびが発生(はっせい)して絵(え)が傷(いた)まないように、温度(おんど)や湿度(しつど)を節約(せつやく)しています。 試験(しけん)が近(ちか)くなってきたので、アルバイトの仕事(しごと)を少(すこ)し節約(せつやく)することにした。 私(わたし)の会社(かいしゃ)では、紙(かみ)や郵送費(ゆうそうひ)を節約(せつやく)するため、資料(しりょう)はすべてメールで送(おく)っている。 Ở công ty tôi, để tiết kiệm giấy và phí gởi bưu điện cho nên tài liệu toàn bộ đều được gởi qua email問30:分解(ぶんかい) 機械(きかい)の調子(ちょうし)が悪(わる)かったので、分解(ぶんかい)して部品(ぶひん)の点検(てんけん)をした。 Tình trạng máy không được tốt, nên tôi đã kiểm tra các bộ phận sau khi tách rời. すいかを買(か)ってきたが、大(おお)きくて冷蔵庫(れいぞうこ)に入(はい)らなかったので、四(よっ)つに分解(ぶんかい)した。 細(こま)かいお金(かね)がなかったので、近(ちか)くの店(みせ)で千円札(せんえんさつ)を分解(ぶんかい)してもらった。 急(いそ)ぎの仕事(しごと)が入(はい)ったので、三人(さんにん)で分解(ぶんかい)して進(すす)めることにした。 問31:略(りゃく)す 時間(じかん)がないので、詳(くわ)しい説明(せつめい)を略(りゃく)して、要点(ようてん)だけお話(はな)しします。 Bởi vì không có thời gian, tôi lược bỏ bớt những phần giải thích chi tiết và chỉ nói trọng tâm. 合計(ごうけい)で1万円(まんえん)以上(いじょう)ご購入(こうにゅう)の場合(ばあい)、送料(そうりょう)は略(りゃく)します。 健康(けんこう)のために、砂糖(さとう)を略(りゃく)したジャムを使(つか)っています。 このオフィスは、壁(かべ)を略(りゃく)して、開放感(かいほうかん)のあるデザインにしました。 問32:覆(おお)う 私(わたし)のうちは、周(まわ)りを高層(こうそう)マンションに覆(おお)われていて、日当(ひあ)たりが悪(わる)い。 優勝(ゆうしょう)した森選手(もりせんしゅ)は大勢(おおぜい)の記者(きしゃ)に覆(おお)われてインタビューを受(う)けていた。 公園(こうえん)に続(つづ)く並木道(なみきみち)はすっかり落(お)ち葉(は)で覆(おお)われていた。 Con đường rợp bóng cây trải dài trong công viên được phủ hoàn toàn bởi lá rụng. 部屋(へや)が暑(あつ)いのか、中島(なかしま)さんの顔(かお)は汗(あせ)で覆(おお)われていた。 問題 7 次の文の( )に入れるのに最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。問33: 私(わたし)の職場(しょくば)では、節電(せつでん)のため、廊下(ろうか)の蛍光灯(けいこうとう)を一(ひと)つ( )外(はず)している。우리 직장에서는 절전을 위해 복도 형광등을 한 칸 건너 하나씩 떼어 놓고 있다。 に対(たい)しに対(たい)し대해 びりにびりに맨 끝에 につきびりに맨 끝에 おきにびりに맨 끝에 問34: 時間(じかん)のある学生時代(がくせいじだい)に、もっと本(ほん)を読(よ)んだり、海外旅行(かいがいりょこう)に行(い)ったりしておけばよかった。あのころに戻(もど)れる( )戻(もど)りたい。시간이 많았던 학생 시절에 더 책을 읽고 해외여행을 갔더라면 좋았을 텐데。그때로 돌아갈 수 있다면 돌아가고 싶다。 かわりにかわりに대신 とするととすると라고 하면 ものならとすると라고 하면 にしたってとすると라고 하면 問35: 転校(てんこう)する友人(ゆうじん)からの手紙(てがみ)に、「たとえ遠(とお)く( )、私(わたし)たちの友情(ゆうじょう)は変(か)わらない」と書(か)いてあった。전학 가는 친구에게서 온 편지에 '비록 멀리 떨어져 있어도 우리 우정은 변하지 않는다'고 쓰여 있었다。 離(はな)れても離(はな)れても떨어져 있더라도 離(はな)れなくて離(はな)れなくて떨어지지 않고 離(はな)れるけれど離(はな)れなくて떨어지지 않고 離(はな)れなければ離(はな)れなくて떨어지지 않고 問36: 祖母(そぼ)は、留学中(りゅうがくちゅう)の私(わたし)のことが( )らしい。할머니는 유학 중인 저를 몹시 걱정하시는 것 같다。 心配(しんぱい)どおり心配(しんぱい)どおり걱정한 대로 心配(しんぱい)でならない心配(しんぱい)でならない걱정이 이만저만이 아니다 心配(しんぱい)すべき心配(しんぱい)でならない걱정이 이만저만이 아니다 心配(しんぱい)してもしかたない心配(しんぱい)でならない걱정이 이만저만이 아니다 問37: 発達(はったつ)する低気圧(ていきあつ)の影響(えいきょう)で、明日(あした)の夕方(ゆうかた)から夜(よる)にかけて、激(はげ)しい雨(あめ)が( )。발달하는 저기압의 영향으로 내일 저녁부터 밤 사이에 강한 비가 내릴 우려가 있다。 降(ふ)りがちだ降(ふ)りがちだ자주 내린다 降(ふ)りつつある降(ふ)りつつある내리고 있다 降(ふ)ってばかりだ降(ふ)りつつある내리고 있다 降(ふ)るおそれがある降(ふ)りつつある내리고 있다 問38: (おもちゃ屋(や)で) 店員(てんいん)「お客様(きゃくさま)、何(なに)か( )、ご案内(あんない)いたしますが。」 客(きゃく)「あ、孫(まご)に頼(たの)まれたゲームソフトを探(さが)しているんです。」장난감 가게에서 점원「고객님, 뭔가 찾으시는 것이 있다면 안내해 드리겠습니다만。」 손님「아, 손주가 부탁한 게임 소프트를 찾고 있어요。」 お探(さが)しでしたらお探(さが)しでしたら찾고 계시다면 探(さが)してくださいましたら探(さが)してくださいましたら찾아 주신다면 お探(さが)ししましたら探(さが)してくださいましたら찾아 주신다면 探(さが)させていただきましたら探(さが)してくださいましたら찾아 주신다면 問39: A「ねえねえ、夏休(なつやす)みのキャンプ、楽(たの)しみだね。」 B「うん。早(はや)く夏休(なつやす)みに( )。」A「있지 있지, 여름방학 캠프, 기대되지?」 B「응. 빨리 여름방학이 왔으면 좋겠다。」 なるかななるかな되려나 ならないかなならないかな안 되려나 あるんだねならないかな안 되려나 あらないんだねならないかな안 되려나 問40: 課長(かちょう)「田中(たなか)さん、さっき頼(たの)んだ書類(しょるい)の整理(せいり)ですけど、今週(こんしゅう)は出張(しゅっちょう)もあって忙(いそが)しいでしょうし、特(とく)に急(いそ)ぎじゃないので、来週(らいしゅう)( )お願(ねが)いします。」 田中(たなか)「はい、わかりました」。과장「타나카 씨, 조금 전에 부탁한 서류 정리 말인데, 이번 주는 출장도 있어서 바쁘실 테니 특별히 급한 건 아니니 다음 주에라도 부탁드립니다。」 田中「네, 알겠습니다。」 にならになら된다면 にでもにでも에라도 でならにでも에라도 ででもにでも에라도 問41: この辺(あた)りは、春(はる)はお花見(はなみ)、夏(なつ)は川遊(かわあそ)び、秋(あき)は紅葉(もみじ)、冬(ふゆ)はスキー( )、一年中(いちねんちゅう)自然(しぜん)を楽(たの)しむことができます。이 일대는 봄은 꽃구경, 여름은 강놀이, 가을은 단풍, 겨울은 스키처럼 일년 내내 자연을 즐길 수 있습니다。 のことかとのことかと일 거라고 かのようにかのように인 것처럼 ということとかのように인 것처럼 というようにかのように인 것처럼 問42: きれいな鳥(とり)がいたので写真(しゃしん)を撮(と)りたかったが、かばんからカメラを( )飛(と)んで行(い)ってしまった。예쁜 새가 있어서 사진을 찍고 싶었지만 가방에서 카메라를 꺼내 보려고 하는 사이에 날아가 버렸다。 取(と)り出(だ)そうとしたまま取(と)り出(だ)そうとしたまま꺼내려 했던 채로 取(と)り出(だ)すようにしたまま取(と)り出(だ)すようにしたまま꺼내도록 한 채로 取(と)り出(だ)そうとしているうちに取(と)り出(だ)すようにしたまま꺼내도록 한 채로 取(と)り出(だ)すようにしているうちに取(と)り出(だ)すようにしたまま꺼내도록 한 채로 問43: 妹(いもうと)「ねえ、ベランダに干(ほ)しておいた私(わたし)のTシャツがないんだけど、知(し)らない?」 姉(あね)「そうなの?今日(きょう)、風強(かぜつよ)かったから、飛(と)ばされて外(そと)に( )?」동생「있어, 베란다에 널어 둔 내 티셔츠가 없어, 모르겠어?」 언니「그래? 오늘 바람이 세서 날아가서 밖에 떨어져 버린 거 아닐까?」 落(お)ちちゃったんだって落(お)ちちゃったんだって떨어져 버렸대 落(お)ちちゃったんじゃない落(お)ちちゃったんじゃない떨어져 버린 거 아냐? 落(お)としちゃったんだって落(お)ちちゃったんじゃない떨어져 버린 거 아냐? 落(お)ちとちゃったんじゃない落(お)ちちゃったんじゃない떨어져 버린 거 아냐? 問44: 情報化(じょうほうか)や国際化(こくさいか)が進(すす)む現代(げんだい)おいて、学校(がっこう)の教育(きょういく)がこれまでと( )。コンピューターなどの新(あたら)しい教育内容(きょういくないよう)が取(と)り入(い)れられるのも当然(とうぜん)の流(なが)れだと思(おも)う。정보화와 국제화가 진전되는 현대에 있어서 학교 교육이 지금까지와 같아도 될 리가 없다. 컴퓨터 등의 새로운 교육 내용이 도입되는 것도 당연한 흐름이라고 생각한다。 同(おな)じでいいはずがない同(おな)じでいいはずがない같아도 될 리 없다 同(おな)じというだけではない同(おな)じというだけではない같다고만은 할 수 없다 同(おな)じならいい違(ちが)いない同(おな)じというだけではない같다고만은 할 수 없다 同(おな)じならないことはない同(おな)じというだけではない같다고만은 할 수 없다 問題 8 次の文の ★ に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つえらびなさい。問45: 良(よ)い___ ★ ___ ___ 増加(ぞうか)は期待(きたい)できない。좋은 상품이나 서비스라 해도 그 장점이 고객에게 전달되지 않으면 매출 증가를 기대할 수 없다. その良(よ)さがその良(よ)さが그 장점이 客(きゃく)に伝(つた)わらなければ客(きゃく)に伝(つた)わらなければ고객에게 전달되지 않으면 売(う)り上(あ)げの客(きゃく)に伝(つた)わらなければ고객에게 전달되지 않으면 商品(しょうひん)やサービスであっても客(きゃく)に伝(つた)わらなければ고객에게 전달되지 않으면 問46: 先輩(せんぱい)の家(いえ)はオルガンがある。5時(じ)前(まえ)に___ ★ ___ ___ だと言(い)っていた。선배네 집에는 오르간이 있다. 5시 전에 해외로 이사한 친구에게서 받은 것인데, 받은 때 한 번 쳤을 뿐이라고 말했다. もらった時(とき)にもらった時(とき)に받았을 때 一度(いちど)弾(ひ)いたきり一度(いちど)弾(ひ)いたきり한 번 쳤을 뿐 海外(かいがい)に引(ひ)っ越(こ)した一度(いちど)弾(ひ)いたきり한 번 쳤을 뿐 友達(ともだち)からもらったもので一度(いちど)弾(ひ)いたきり한 번 쳤을 뿐 問47: 雑誌(ざっし)か___ ★ ___ ___ 人(ひと)との出会(であ)いだとインタビューに答(こた)えていたのを見(み)て、本当(ほんとう)にそうだなと思(おも)った。어떤 잡지에서 인생에서 가장 중요한 것은 누군가와의 만남이라고 인터뷰에서 답한 것을 보고, 정말 그렇다고 생각했다. 自分(じぶん)にとって自分(じぶん)にとって자신에게는 何(なに)かで何(なに)かで뭔가에서 人生(じんせい)で一番(いちばん)大切(たいせつ)なのは何(なに)かで뭔가에서 誰(だれ)かが何(なに)かで뭔가에서 問48: なかなか___ ___ ★ ___ 行(い)けることになった。예약이 잘 안 돼서 가지 못했던 레스토랑에 드디어 가게 되었다. ようやくようやく드디어 行(い)けなかった行(い)けなかった가지 못했던 レストランに行(い)けなかった가지 못했던 予約(よやく)が取(と)れなくて行(い)けなかった가지 못했던 問49: なぜときどき駅(えき)ですれ違(ちが)う___ ___ ★ ___ 自分(じぶん)でもよくわからない。왜 가끔 역에서 스쳐 지나갈 뿐인 그녀를 이렇게 신경 쓰게 되는지 나 자신도 잘 모르겠다. だけのだけの뿐인 こんなに気(き)になるこんなに気(き)になる이렇게 신경 쓰이는 のかこんなに気(き)になる이렇게 신경 쓰이는 彼女(かのじょ)のことがこんなに気(き)になる이렇게 신경 쓰이는 問題 9 次の文章を読んで、文全体の内容を考えて、[50]から[54]の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。 高齢(こうれい)化(か)社会(しゃかい)におけるスポーツ 105歳(さい)の日本人男性(にほんじんだんせい)が、陸上競技(りくじょうきょうぎ)の100メートルで世界(せかい)記録(きろく)を出(だ)した。2015年(ねん)に行(おこな)われたある陸上(りくじょう)の世界(せかい)大会(たいかい)でのことだ。 「マスターズ」と呼(よ)ばれる[50]。日本(にほん)ではまだあまり知(し)られていないが、スポーツをいくつになっても楽(たの)しむことを目的(もくてき)として大会(たいかい)で、陸上(りくじょう)、水泳(すいえい)、テニスなど様々(さまざま)な競技(きょうぎ)の大会(たいかい)が世界中(せかいちゅう)で開催(かいさい)されている。陸上(りくじょう)の大会(たいかい)では通常(つうじょう)5歳(さい)ごとに分(わ)けられたクラスで同年代(どうねんだい)と競(きそ)う。そのため、体力(たいりょく)が落(お)ちて若(わか)いころのように走(はし)れなくても対等(たいとう)に競(きそ)うことができる。つまり、105歳(さい)の男性(だんせい)が出(だ)した世界記録(せかいきろく)は、彼(かれ)は参加(さんか)したクラスにおける世界記録(せかいきろく)[51]。 ある調査(ちょうさ)によると、マスターズに参加(さんか)している高齢者(こうれいしゃ)は心(こころ)と体(からだ)の健康(けんこう)を維持(いじ)しているという。運動(うんどう)は心(こころ)に活気(かっき)を生(う)み、記録(きろく)という目標(もくひょう)は生活(せいかつ)の中(なか)で感(かん)じる不安(ふあん)やストレスを少(すく)なくするそうだ。 心(こころ)も体(からだ)も元気(げんき)な高齢者(こうれいしゃ)の多(おお)い社会(しゃかい)は、高齢化(こうれいか)社会(しゃかい)の一(ひと)つの理想(りそう)である。マスターズに参加(さんか)する高齢者(こうれいしゃ)が増(ふ)えれば、この理想(りそう)に近(ちか)づくことができる。[52]、マスターズの存在(そんざい)が影響(えいきょう)を与(あた)えるのは、参加者(さんかしゃ)にとどまらない。参加者(さんかしゃ)以外(いがい)の高齢者(こうれいしゃ)も、同年代(どうねんだい)が記録(きろく)を目指(めざ)す姿(すがた)を目(め)にすることで、体(からだ)を動(うご)かすきっかけや心(こころ)の活力(かつりょく)が得(え)られるに違(ちが)いない。[53]マスターズが広(ひろ)く知(し)られる必要(ひつよう)がある。テレビなどで目(め)にする機会(きかい)が増(ふ)えるといい。 いつまでも心身(しんしん)ともに元気(げんき)でいられる[54]。その社会(しゃかい)の実現(じつげん)に向(む)けて、マスターズの今後(こんご)の発展(はってん)が期待(きたい)される。 高齢(こうれい)化(か)社会(しゃかい)におけるスポーツ고령화 사회에서의 스포츠 105歳(さい)の日本人男性(にほんじんだんせい)が、陸上競技(りくじょうきょうぎ)の100メートルで世界(せかい)記録(きろく)を出(だ)した。105세의 일본인 남성이 육상 100미터에서 세계 기록을 세웠다.2015年(ねん)に行(おこな)われたある陸上(りくじょう)の世界(せかい)大会(たいかい)でのことだ。2015년에 열린 한 육상 세계대회에서의 일이었다. 「マスターズ」と呼(よ)ばれる[50]。「マスターズ」라고 불리는 대회가 있다.日本(にほん)ではまだあまり知(し)られていないが、スポーツをいくつになっても楽(たの)しむことを目的(もくてき)として大会(たいかい)で、陸上(りくじょう)、水泳(すいえい)、テニスなど様々(さまざま)な競技(きょうぎ)の大会(たいかい)が世界中(せかいちゅう)で開催(かいさい)されている。일본에서는 아직 잘 알려져 있지 않지만, 스포츠를 몇 살이 되어도 즐기는 것을 목적으로 한 대회로서 육상, 수영, 테니스 등 다양한 종목의 대회가 전 세계에서 개최되고 있다.陸上(りくじょう)の大会(たいかい)では通常(つうじょう)5歳(さい)ごとに分(わ)けられたクラスで同年代(どうねんだい)と競(きそ)う。육상 대회에서는 보통 5세 단위로 나뉜 부에서 같은 연령대와 경쟁한다.そのため、体力(たいりょく)が落(お)ちて若(わか)いころのように走(はし)れなくても対等(たいとう)に競(きそ)うことができる。그래서 체력이 떨어져 젊었을 때처럼 달릴 수 없더라도 동등하게 경쟁할 수 있다.つまり、105歳(さい)の男性(だんせい)が出(だ)した世界記録(せかいきろく)は、彼(かれ)は参加(さんか)したクラスにおける世界記録(せかいきろく)[51]。즉, 105세 남성이 세운 세계 기록은 그가 참가한 부의 세계 기록이라는 뜻이다. ある調査(ちょうさ)によると、マスターズに参加(さんか)している高齢者(こうれいしゃ)は心(こころ)と体(からだ)の健康(けんこう)を維持(いじ)しているという。어떤 조사에 따르면, 마스터즈에 참가하는 고령자들은 심신의 건강을 유지하고 있다고 한다.運動(うんどう)は心(こころ)に活気(かっき)を生(う)み、記録(きろく)という目標(もくひょう)は生活(せいかつ)の中(なか)で感(かん)じる不安(ふあん)やストレスを少(すく)なくするそうだ。운동은 마음에 활기를 불어넣고, 기록이라는 목표는 생활 속에서 느끼는 불안이나 스트레스를 줄여준다고 한다. 心(こころ)も体(からだ)も元気(げんき)な高齢者(こうれいしゃ)の多(おお)い社会(しゃかい)は、高齢化(こうれいか)社会(しゃかい)の一(ひと)つの理想(りそう)である。심신이 모두 건강한 고령자가 많은 사회는 고령화 사회의 하나의 이상이다.マスターズに参加(さんか)する高齢者(こうれいしゃ)が増(ふ)えれば、この理想(りそう)に近(ちか)づくことができる。마스터즈에 참가하는 고령자가 늘어나면, 이 이상에 가까워질 수 있다.[52]、マスターズの存在(そんざい)が影響(えいきょう)を与(あた)えるのは、参加者(さんかしゃ)にとどまらない。더욱이, 마스터즈의 존재가 영향을 미치는 것은 참가자에만 그치지 않는다.参加者(さんかしゃ)以外(いがい)の高齢者(こうれいしゃ)も、同年代(どうねんだい)が記録(きろく)を目指(めざ)す姿(すがた)を目(め)にすることで、体(からだ)を動(うご)かすきっかけや心(こころ)の活力(かつりょく)が得(え)られるに違(ちが)いない。참가자 이외의 고령자들도 동년배가 기록을 목표로 하는 모습을 보게 되면, 몸을 움직일 계기나 마음의 활력을 얻을 것이 분명하다.[53]マスターズが広(ひろ)く知(し)られる必要(ひつよう)がある。그를 위해서는 마스터즈가 널리 알려질 필요가 있다.テレビなどで目(め)にする機会(きかい)が増(ふ)えるといい。텔레비전 등에서 접할 기회가 늘어나면 좋겠다. いつまでも心身(しんしん)ともに元気(げんき)でいられる[54]。언제까지나 심신 모두 건강하게 지낼 수 있는 사회.その社会(しゃかい)の実現(じつげん)に向(む)けて、マスターズの今後(こんご)の発展(はってん)が期待(きたい)される。그 사회 실현을 위해 마스터즈의 향후 발전이 기대된다.問50: [50][50] 大会(たいかい)はある大会(たいかい)はある대회는 있다 大会(たいかい)がある大会(たいかい)がある대회가 있다 大会(たいかい)はあるのか大会(たいかい)がある대회가 있다 大会(たいかい)があるのか大会(たいかい)がある대회가 있다 問51: [51][51] というわけだというわけだ그런 셈이다 と言(い)えないこともないと言(い)えないこともない말할 수 없지는 않다 というだけではないと言(い)えないこともない말할 수 없지는 않다 と言(い)ってもいいぐらいだと言(い)えないこともない말할 수 없지는 않다 問52: [52][52] とするととすると그렇다면 とはいえとはいえ그렇기는 하지만 さらにとはいえ그렇기는 하지만 このようにとはいえ그렇기는 하지만 問53: [53][53] そうやってそうやって그렇게 そうなったらそうなったら그렇게 된다면 それでもそうなったら그렇게 된다면 それにはそうなったら그렇게 된다면 問54: [54][54] 社会(しゃかい)社会(しゃかい)사회 社会(しゃかい)だ社会(しゃかい)だ사회다 社会(しゃかい)とは社会(しゃかい)だ사회다 社会(しゃかい)だから社会(しゃかい)だ사회다 問題 10 次の(1)から(5)の文章を 読んで、後の問いに対する答えとして 最もよいものを1・2・3・4から一つ選びなさい。 (1) 昔話(むかしばなし)というのは、最初(さいしょ)はほんの少数(しょうすう)の人(ひと)が聞(き)き、その中(なか)の一人(ひとり)か二人(ふたり)が覚(おぼ)えて、次(つぎ)の世代(せだい)の人(ひと)に話(はな)し、そして次(つぎ)へと語(かた)られてきました。同(おな)じ話(はなし)でも変(か)わってくるのが当(あ)たり前(まえ)です。聞(き)き手(て)の反応(はんのう)によって、面白(おもしろ)いところがくわしく語(かた)られ、退屈(たいくつ)な部分(ぶぶん)は省(はぶ)かれ、物語(ものがたり)としての形(かたち)がととのってきます。だから面白(おもしろ)いはずです。でも、教訓(きょうくん)(注(ちゅう))や説教(せっきょう)をつけ加(くわ)え、つまらなくしてしまう場合(ばあい)もあるようです。 昔話(むかしばなし)というのは、最初(さいしょ)はほんの少数(しょうすう)の人(ひと)が聞(き)き、その中(なか)の一人(ひとり)か二人(ふたり)が覚(おぼ)えて、次(つぎ)の世代(せだい)の人(ひと)に話(はな)し、そして次(つぎ)へと語(かた)られてきました。옛이야기란 처음에는 소수의 사람만이 듣고, 그 중 한두 사람이 기억하여 다음 세대에게 전하고, 그렇게 전해져 왔습니다.同(おな)じ話(はなし)でも変(か)わってくるのが当(あ)たり前(まえ)です。같은 이야기라도 달라지는 것이 당연합니다.聞(き)き手(て)の反応(はんのう)によって、面白(おもしろ)いところがくわしく語(かた)られ、退屈(たいくつ)な部分(ぶぶん)は省(はぶ)かれ、物語(ものがたり)としての形(かたち)がととのってきます。듣는 이의 반응에 따라 재미있는 부분은 자세히 전해지고, 지루한 부분은 생략되며 이야기로서의 형태가 갖춰집니다.だから面白(おもしろ)いはずです。그래서 재미있을 수밖에 없습니다.でも、教訓(きょうくん)(注(ちゅう))や説教(せっきょう)をつけ加(くわ)え、つまらなくしてしまう場合(ばあい)もあるようです。하지만 교훈이나 설교를 덧붙여 지루하게 만들어 버리는 경우도 있는 것 같습니다.(注(ちゅう)) 教訓(きょうくん): 道徳的(どうとくてき)な教(おし)え問55: 筆者(ひっしゃ)によると、昔話(むかしばなし)が面白(おもしろ)いのはなぜか。필자에 따르면 옛이야기가 재미있는 이유는 무엇인가? 話(はな)し手(て)が面白(おもしろ)いと思(おも)う部分(ぶぶん)だけが伝(つた)えられてきたから話(はな)し手(て)が面白(おもしろ)いと思(おも)う部分(ぶぶん)だけが伝(つた)えられてきたから이야기하는 사람이 재미있다고 생각하는 부분만 전해져 왔기 때문이다 話(はな)し手(て)がつまらないと思(おも)う部分(ぶぶん)も面白(おもしろ)く語(かた)られてきたから話(はな)し手(て)がつまらないと思(おも)う部分(ぶぶん)も面白(おもしろ)く語(かた)られてきたから이야기하는 사람이 지루하다고 생각하는 부분까지도 재미있게 이야기되었기 때문이다 聞(き)き手(て)にとって面白(おもしろ)い部分(ぶぶん)が残(のこ)され伝(つた)えられてきたから話(はな)し手(て)がつまらないと思(おも)う部分(ぶぶん)も面白(おもしろ)く語(かた)られてきたから이야기하는 사람이 지루하다고 생각하는 부분까지도 재미있게 이야기되었기 때문이다 聞(き)き手(て)にとってためになる内容(ないよう)がうまく加(くわ)えてあるから話(はな)し手(て)がつまらないと思(おも)う部分(ぶぶん)も面白(おもしろ)く語(かた)られてきたから이야기하는 사람이 지루하다고 생각하는 부분까지도 재미있게 이야기되었기 때문이다 (2) 以下(いか)は、ある図書館(としょかん)に届(とど)いたメールである。 村中市(むらなかし)立(りつ)南(なん)図書館(としょかん) ご担当者(たんとうしゃ)様(さま) 自習室(じしゅうしつ)をいつも利用(りよう)している者(もの)ですが、お願(ねが)いがあってメールしました。 最近(さいきん)、大声(おおごえ)で話(はな)しながら作業(さぎょう)をしているグループが増(ふ)えており、自分(じぶん)の調(しら)べものに集中(しゅうちゅう)できず困(こま)っています。図書館(としょかん)の資料(しりょう)を利用(りよう)して調(しら)べものをしているようなので、注意(ちゅうい)することもできません。グループ用(よう)の自習室(じしゅうしつ)を別(べつ)に作(つく)るなどの対処(たいしょ)をしていただくことができないでしょうか。 ご検討(けんとう)どうぞよろしくお願(ねが)いいたします。 鈴木(すずき)正子(まさこ) 以下(いか)は、ある図書館(としょかん)に届(とど)いたメールである。다음은 한 도서관에 도착한 메일입니다. 村中市(むらなかし)立(りつ)南(なん)図書館(としょかん) ご担当者(たんとうしゃ)様(さま)무라나카 시립 남도서관 담당자님께 自習室(じしゅうしつ)をいつも利用(りよう)している者(もの)ですが、お願(ねが)いがあってメールしました。자습실을 평소에 이용하는 사람인데 부탁이 있어 메일 드립니다. 最近(さいきん)、大声(おおごえ)で話(はな)しながら作業(さぎょう)をしているグループが増(ふ)えており、自分(じぶん)の調(しら)べものに集中(しゅうちゅう)できず困(こま)っています。최근 큰소리로 대화하며 작업하는 그룹이 늘어나 제 조사에 집중할 수 없어 곤란합니다.図書館(としょかん)の資料(しりょう)を利用(りよう)して調(しら)べものをしているようなので、注意(ちゅうい)することもできません。도서관 자료를 이용해 조사하고 있는 것 같아서 주의를 줄 수가 없습니다.グループ用(よう)の自習室(じしゅうしつ)を別(べつ)に作(つく)るなどの対処(たいしょ)をしていただくことができないでしょうか。그룹용 자습실을 별도로 마련하는 등의 조치를 취해 주실 수 없을까요? ご検討(けんとう)どうぞよろしくお願(ねが)いいたします。검토해 주시면 감사하겠습니다. 鈴木(すずき)正子(まさこ)스즈키 마사코問56: このメールを書(か)いた人(ひと)は、自習室(じしゅうしつ)のどのような問題(もんだい)を指摘(してき)しているか。이 메일을 쓴 사람은 자습실의 어떤 문제를 지적하고 있는가? 利用者(りようしゃ)がグループで調(しら)べものをしていること利用者(りようしゃ)がグループで調(しら)べものをしていること이용자가 그룹으로 조사하고 있다는 것 話(はな)しながら作業(さぎょう)しているグループが多(おお)いこと話(はな)しながら作業(さぎょう)しているグループが多(おお)いこと말하면서 작업하는 그룹이 많다는 것 グループ用(よう)の自習室(じしゅうしつ)を適切(てきせつ)に使用(しよう)していないこと話(はな)しながら作業(さぎょう)しているグループが多(おお)いこと말하면서 작업하는 그룹이 많다는 것 図書館(としょかん)の資料(しりょう)を使(つか)わずに作業(さぎょう)しているグループがあること話(はな)しながら作業(さぎょう)しているグループが多(おお)いこと말하면서 작업하는 그룹이 많다는 것 (3) 以下(いか)は、ある会社(かいしゃ)で回覧(かいらん)された文書(ぶんしょ)である。 42898 社員各位(しゃいんかくい) 会計課長(かいけいかちょう) 三村(みむら)株式(かぶしき)会社(かいしゃ)製(せい) 「はさみ SB-A」の回収(かいしゅう)・交換(こうかん)について 三村(みむら)株式(かぶしき)会社(かいしゃ)より、「はさみ SB-A」に欠陥(けっかん)が発見(はっけん)されたため全製品(ぜんせいひん)を回収(かいしゅう)し、交換(こうかん)を行(おこな)うとの発表(はっぴょう)がありました。 会計課(かいけ)で調(しら)べたところ購入記録(こうにゅうきろく)がありましたので、三村株式会社(みむらかぶしきかいしゃ)に交換(こうかん)を依頼(いらい)します。つきましては、各課(かくか)で「はさみ SB-A」をまとめて会計課(かいけいか)までお持(も)ちください。 6月(がつ)22日(にち)(木(もく))に発送(はっそう)を予定(よてい)しているため、必(かなら)ず6月(がつ)21日(にち)(水(すい))までにお持(も)ちください。 ご協力(きょうりょく)よろしくお願(ねが)いします。 以下(いか)は、ある会社(かいしゃ)で回覧(かいらん)された文書(ぶんしょ)である。아래는 어느 회사에서 회람된 문서입니다. 4289842898 社員各位(しゃいんかくい)사원 여러분 会計課長(かいけいかちょう)회계과장 三村(みむら)株式(かぶしき)会社(かいしゃ)製(せい) 「はさみ SB-A」の回収(かいしゅう)・交換(こうかん)について三村株式会社 제조 「はさみ SB-A」의 회수·교환에 관하여 三村(みむら)株式(かぶしき)会社(かいしゃ)より、「はさみ SB-A」に欠陥(けっかん)が発見(はっけん)されたため全製品(ぜんせいひん)を回収(かいしゅう)し、交換(こうかん)を行(おこな)うとの発表(はっぴょう)がありました。三村株式会社에서 「はさみ SB-A」에 결함이 발견되어 모든 제품을 회수하고 교환하겠다는 발표가 있었습니다. 会計課(かいけ)で調(しら)べたところ購入記録(こうにゅうきろく)がありましたので、三村株式会社(みむらかぶしきかいしゃ)に交換(こうかん)を依頼(いらい)します。회계과에서 조사한 결과 구매 기록이 있어 三村株式会社에 교환을 의뢰합니다.つきましては、各課(かくか)で「はさみ SB-A」をまとめて会計課(かいけいか)までお持(も)ちください。따라서 각 부서에서는 「はさみ SB-A」를 모아 회계과에 가지고 와 주시기 바랍니다. 6月(がつ)22日(にち)(木(もく))に発送(はっそう)を予定(よてい)しているため、必(かなら)ず6月(がつ)21日(にち)(水(すい))までにお持(も)ちください。6월 22일 목요일에 발송할 예정이므로, 반드시 6월 21일 수요일까지 가져와 주시기 바랍니다. ご協力(きょうりょく)よろしくお願(ねが)いします。협조 부탁드립니다.問57: 「はさみ SB-A」について、各課(かくか)はどうするように言(い)われているか。「はさみ SB-A」에 대해 각 부서에 어떻게 하라고 지시되어 있는가? 欠陥(けっかん)があるものを、6月(がつ)21日(にち)までに会計課(かいけいか)に渡(わた)す。欠陥(けっかん)があるものを、6月(がつ)21日(にち)までに会計課(かいけいか)に渡(わた)す。결함이 있는 것을 6월 21일까지 회계과에 제출한다. 欠陥(けっかん)があるものを、6月(がつ)22日(にち)までに三村株式会社(みむらかぶしきかいしゃ)に発送(はっそう)する。欠陥(けっかん)があるものを、6月(がつ)22日(にち)までに三村株式会社(みむらかぶしきかいしゃ)に発送(はっそう)する。결함이 있는 것을 6월 22일까지 三村株式会社에 발송한다. すべてを、6月(がつ)21日(にち)までに会計課(かいけいか)に渡(わた)す。欠陥(けっかん)があるものを、6月(がつ)22日(にち)までに三村株式会社(みむらかぶしきかいしゃ)に発送(はっそう)する。결함이 있는 것을 6월 22일까지 三村株式会社에 발송한다. すべてを、6月(がつ)22日(にち)までに三村株式会社(みむらかぶしきかいしゃ)に発送(はっそう)する。欠陥(けっかん)があるものを、6月(がつ)22日(にち)までに三村株式会社(みむらかぶしきかいしゃ)に発送(はっそう)する。결함이 있는 것을 6월 22일까지 三村株式会社에 발송한다. (4) 笑顔(えがお)がこころと体(からだ)の健康(けんこう)に大事(だいじ)な役割(やくわり)を果(は)たしていることが、多(おお)くの研究(けんきゅう)からわかってきている。笑顔(えがお)はこころの健康指標(けんこうしひょう)(注(ちゅう))になる。笑顔(えがお)が出(で)るのは、それだけ幸(しあわ)せだと感(かん)じているからだ。 一方(いっぽう)、笑顔(えがお)になると幸(しあわ)せだという気持(きも)ちがわいてくるということもわかっている。同(おな)じ漫画(まんが)を、意図的(いとてき)に笑顔(えがお)を作(つく)って読(よ)んだときと、厳(きび)しい顔(かお)をして読(よ)んだときとでは、笑顔(えがお)で読(よ)んだときの方(ほう)が面白(おもしろ)いという評価(ひょうか)が高(たか)くなる。つまり笑顔(えがお)になると、入(はい)ってくる情報(じょうほう)がプラスの方面(ほうめん)に偏(かたよ)るのだ。 (大野(おおの)裕(ゆたか) 日本(にほん)経済(けいざい)新聞(しんぶん)2015年(ねん)4月(がつ)3日付(にちづけ)夕刊(ゆうかん)による) 笑顔(えがお)がこころと体(からだ)の健康(けんこう)に大事(だいじ)な役割(やくわり)を果(は)たしていることが、多(おお)くの研究(けんきゅう)からわかってきている。미소가 마음과 몸의 건강에 중요한 역할을 한다는 것이 여러 연구로 밝혀지고 있다.笑顔(えがお)はこころの健康指標(けんこうしひょう)(注(ちゅう))になる。미소는 마음 건강의 지표가 된다.笑顔(えがお)が出(で)るのは、それだけ幸(しあわ)せだと感(かん)じているからだ。미소가 지어지는 것은 그만큼 행복하다고 느끼고 있기 때문이다. 一方(いっぽう)、笑顔(えがお)になると幸(しあわ)せだという気持(きも)ちがわいてくるということもわかっている。한편, 미소를 지으면 행복하다는 기분이 솟아난다는 것도 알려져 있다.同(おな)じ漫画(まんが)を、意図的(いとてき)に笑顔(えがお)を作(つく)って読(よ)んだときと、厳(きび)しい顔(かお)をして読(よ)んだときとでは、笑顔(えがお)で読(よ)んだときの方(ほう)が面白(おもしろ)いという評価(ひょうか)が高(たか)くなる。같은 만화를 일부러 미소를 지으며 읽었을 때와 엄한 얼굴로 읽었을 때를 비교하면, 미소로 읽었을 때 더 재미있다고 평가되는 경향이 있다.つまり笑顔(えがお)になると、入(はい)ってくる情報(じょうほう)がプラスの方面(ほうめん)に偏(かたよ)るのだ。즉, 미소를 지으면 들어오는 정보가 긍정적인 쪽으로 편향된다. (大野(おおの)裕(ゆたか) 日本(にほん)経済(けいざい)新聞(しんぶん)2015年(ねん)4月(がつ)3日付(にちづけ)夕刊(ゆうかん)による)오오노 유타카, 일본경제신문 2015년 4월 3일자 석간에 따름(注(ちゅう)) 健康指標(けんこうしひょう): 健康(けんこう)の程度(ていど)を示(しめ)すもの問58: 笑顔(えがお)について、筆者(ひっしゃ)はどのように述(の)べているか。미소에 대해 필자는 어떻게 말하고 있는가? 作(つく)った笑顔(えがお)であっても、幸(しあわ)せな気持(きも)ちになれる。作(つく)った笑顔(えがお)であっても、幸(しあわ)せな気持(きも)ちになれる。만든 미소라도 행복한 기분이 들 수 있다. 幸(しあわ)せだと感(かん)じていなければ、笑顔(えがお)にはならない。幸(しあわ)せだと感(かん)じていなければ、笑顔(えがお)にはならない。행복하다고 느끼고 있지 않으면 미소가 나오지 않는다. 笑顔(えがお)でいれば、周(まわ)りの人(ひと)にプラスの印象(いんしょう)を与(あた)える。幸(しあわ)せだと感(かん)じていなければ、笑顔(えがお)にはならない。행복하다고 느끼고 있지 않으면 미소가 나오지 않는다. 自然(しぜん)な笑顔(えがお)は、使(つか)った笑顔(えがお)よりも幸(しあわ)せな感情(かんじょう)を伝(つた)える。幸(しあわ)せだと感(かん)じていなければ、笑顔(えがお)にはならない。행복하다고 느끼고 있지 않으면 미소가 나오지 않는다. (5) そもそも働(はたら)くとは「得(え)る」ことなのでしょうか。私(わたし)たちは働(はたら)くとき、何(なん)らかの社会(しゃかい)的(てき)役割(やくわり)を担(にな)(注(ちゅう)1)っていて、その役割(やくわり)に応(おう)じた結果(けっか)が求(もと)められます。そして、期待(きたい)に応(こた)えたときに得(え)られるものが報酬(ほうしゅう)(注(ちゅう)2)や自身(じしん)の成長(せいちょう)です。要(よう)するに、私(わたし)たちは働(はたら)くとき「得(え)る」前(まえ)に求(もと)められているものを「与(あた)える」ことになります。仕事(しごと)の本質(ほんしつ)(注(ちゅう)3)は得(え)ることではなく、自分(じぶん)に求(もと)められているものを人(ひと)に与(あた)える、すなわち「人(ひと)の役(やく)に立(た)つ」ことなのです。 (山本(やまもと)賢(けん) 『社会人(しゃかいじん)になるということ』によると) そもそも働(はたら)くとは「得(え)る」ことなのでしょうか。애초에 일한다는 것은 '얻는 것'일까요?私(わたし)たちは働(はたら)くとき、何(なん)らかの社会(しゃかい)的(てき)役割(やくわり)を担(にな)(注(ちゅう)1)っていて、その役割(やくわり)に応(おう)じた結果(けっか)が求(もと)められます。우리는 일할 때 어떤 사회적 역할을 맡注1고 있으며, 그 역할에 따라 요구되는 결과가 있습니다.そして、期待(きたい)に応(こた)えたときに得(え)られるものが報酬(ほうしゅう)(注(ちゅう)2)や自身(じしん)の成長(せいちょう)です。그리고 기대에 응했을 때 얻을 수 있는 것이 보수注2나 자신의 성장입니다.要(よう)するに、私(わたし)たちは働(はたら)くとき「得(え)る」前(まえ)に求(もと)められているものを「与(あた)える」ことになります。요컨대, 우리는 일할 때 '얻기' 전에 요구되는 것을 '주는' 것이 됩니다.仕事(しごと)の本質(ほんしつ)(注(ちゅう)3)は得(え)ることではなく、自分(じぶん)に求(もと)められているものを人(ひと)に与(あた)える、すなわち「人(ひと)の役(やく)に立(た)つ」ことなのです。일의 본질注3은 얻는 것이 아니라, 자신에게 요구되는 것을 다른 사람에게 제공하는, 즉 '사람들에게 도움이 되는' 것입니다. (山本(やまもと)賢(けん) 『社会人(しゃかいじん)になるということ』によると)山本賢 『社会人になるということ』에 따르면(注(ちゅう)1) 担(にな)う: 持(も)つ(注(ちゅう)2) 報酬(ほうしゅう): ここでは、給料(きゅうりょう)(注(ちゅう)3) 本質(ほんしつ): 本来(ほんらい)の性質(せいしつ)問59: 筆者(ひっしゃ)によると、働(はたら)くとはどういうことか。필자에 따르면, 일한다는 것은 무엇인가? 社会(しゃかい)から期待(きたい)された役割(やくわり)を果(は)たすこと社会(しゃかい)から期待(きたい)された役割(やくわり)を果(は)たすこと사회가 기대하는 역할을 수행하는 것 仕事(しごと)で得(え)たものを人(ひと)に与(あた)えること仕事(しごと)で得(え)たものを人(ひと)に与(あた)えること일을 통해 얻은 것을 사람들에게 주는 것 自身(じしん)の社会的(しゃかいてき)役割(やくわり)を探(さが)すこと仕事(しごと)で得(え)たものを人(ひと)に与(あた)えること일을 통해 얻은 것을 사람들에게 주는 것 自身(じしん)の成長(せいちょう)を求(もと)めること仕事(しごと)で得(え)たものを人(ひと)に与(あた)えること일을 통해 얻은 것을 사람들에게 주는 것 問題 11 つぎの(1)から(3)の文章を 読んで、後の問いに対する答えとして 最もよいものを1・2・3・4から一つ えらびください。 (1) 以下(いか)は、小中学校(しょうちゅうがっこう)での法(ほう)教育(きょういく)について書(か)かれた文章(ぶんしょう)である。 すべての法律(ほうりつ)を小(ちい)さいころから学習(がくしゅう)していくことは不可能(ふかのう)なことですが、法的(ほうてき)な考(かんが)え方(かた)(リーガルマインド)を身(み)につけることで、自分(じぶん)の考(かんが)え・調(しら)べ、自分(じぶん)で解決(かいけつ)する能力(のうりょく)は格段(かくだん)に(注(ちゅう)1)に高(たか)まります。 法教育(ほうきょういく)というとどうしても、「法律(ほうりつ)を教(おし)える」と考(かんが)えがちですが、それだけが法教育(ほうきょういく)ではないのは、言(い)うまでもありません(注(ちゅう)2)。クラスのみんなで、クラスの問題点(もんだいてん)を洗(あら)い出(だ)し、どうすれば解決(かいけつ)できるのか。そして、それを解決(かいけつ)するため、また、再発(さいはつ)させないためにはどのようなルールは必要(ひつよう)か、ということを話(はな)し合(あ)い、みんなで民主的(みんしゅてき)に(注(ちゅう)3)ルールを作(つく)っていくとこもまさに法教育(ほうきょういく)の一(ひと)つの姿(すがた)です。 さまざまなルール(法(ほう))は民主的(みんしゅてき)に作(つく)れ、約束事(やくそくごと)(契約(けいやく))は当事者(とうじしゃ)(注(ちゅう)4)の合意(ごうい)(注(ちゅう)5)により締結(ていけつ)される(注(ちゅう)6)といった、法(ほう)の基本的(きほんてき)なところを身(み)をもって体験(たいけん)することができます。 また、新聞(しんぶん)を多用(たよう)し、時事的(じじてき)なニュースを使(つか)った法教育(ほうきょういく)も効果(こうか)があります。憲法改正(けんぽうかいせい)、選挙(せんきょ)の問題(もんだい)、消費者(しょうひしゃ)問題(もんだい)などは、それだけを教(おし)えようとするとつまらないものですが、新聞(しんぶん)などを使(つか)った旬(しゅん)の(注(ちゅう)7)話(はなし)になると、子供(こども)たちの興味(きょうみ)も惹(ひ)きやすくなります。自分自身(じぶんじしん)のことと考(かんが)えることができるかどうかは、理解(りかい)のスピードに大(おお)きな差(さ)を生(う)みますが、具体的(ぐたいてき)な「今(いま)」問題(もんだい)となっている事例(じれい)は、その点(てん)、すぐれた教材(きょうざい)となります。 (にへいひろし(二瓶(にへい)裕史(ひろし)『これだけは知(し)っておきたい 人生(じんせい)に必要(ひつよう)な法律(ほうりつ)』によると) 以下(いか)は、小中学校(しょうちゅうがっこう)での法(ほう)教育(きょういく)について書(か)かれた文章(ぶんしょう)である。다음은 초등학교와 중학교에서의 법교육에 대해 쓰인 글이다. すべての法律(ほうりつ)を小(ちい)さいころから学習(がくしゅう)していくことは不可能(ふかのう)なことですが、法的(ほうてき)な考(かんが)え方(かた)(リーガルマインド)を身(み)につけることで、自分(じぶん)の考(かんが)え・調(しら)べ、自分(じぶん)で解決(かいけつ)する能力(のうりょく)は格段(かくだん)に(注(ちゅう)1)に高(たか)まります。모든 법을 어릴 때부터 배우는 것은 불가능하지만, 법적 사고(리걸 마인드)를 익힘으로써 자신의 생각을 조사하고 스스로 해결하는 능력은 현저히注1 향상됩니다. 法教育(ほうきょういく)というとどうしても、「法律(ほうりつ)を教(おし)える」と考(かんが)えがちですが、それだけが法教育(ほうきょういく)ではないのは、言(い)うまでもありません(注(ちゅう)2)。법교육이라고 하면 어쩔 수 없이 '법을 가르친다'고 생각하기 쉽지만, 그것만이 법교육이 아니라는 것은 말할 필요도 없습니다注2.クラスのみんなで、クラスの問題点(もんだいてん)を洗(あら)い出(だ)し、どうすれば解決(かいけつ)できるのか。반 친구들 모두가 반의 문제점을 찾아내어 어떻게 하면 해결할 수 있는지.そして、それを解決(かいけつ)するため、また、再発(さいはつ)させないためにはどのようなルールは必要(ひつよう)か、ということを話(はな)し合(あ)い、みんなで民主的(みんしゅてき)に(注(ちゅう)3)ルールを作(つく)っていくとこもまさに法教育(ほうきょういく)の一(ひと)つの姿(すがた)です。그리고 그것을 해결하기 위해, 또 재발하지 않게 하기 위해 어떤 규칙이 필요한지 논의하고, 모두가 민주적으로注3 규칙을 만들어 가는 것 또한 바로법 교육의 한 모습입니다. さまざまなルール(法(ほう))は民主的(みんしゅてき)に作(つく)れ、約束事(やくそくごと)(契約(けいやく))は当事者(とうじしゃ)(注(ちゅう)4)の合意(ごうい)(注(ちゅう)5)により締結(ていけつ)される(注(ちゅう)6)といった、法(ほう)の基本的(きほんてき)なところを身(み)をもって体験(たいけん)することができます。다양한 규칙·법은 민주적으로 만들어지고, 약속(계약)은 당사자注4의 합의注5에 의해 체결된다注6는 식으로 법의 기본적인 부분을 몸으로 체험할 수 있습니다. また、新聞(しんぶん)を多用(たよう)し、時事的(じじてき)なニュースを使(つか)った法教育(ほうきょういく)も効果(こうか)があります。또한 신문을 많이 활용하고 시사적인 뉴스를 이용한 법교육도 효과가 있습니다.憲法改正(けんぽうかいせい)、選挙(せんきょ)の問題(もんだい)、消費者(しょうひしゃ)問題(もんだい)などは、それだけを教(おし)えようとするとつまらないものですが、新聞(しんぶん)などを使(つか)った旬(しゅん)の(注(ちゅう)7)話(はなし)になると、子供(こども)たちの興味(きょうみ)も惹(ひ)きやすくなります。헌법 개정, 선거 문제, 소비자 문제 등은 그것만 가르치려 하면 지루하지만, 신문 등을 이용해 시의성 있는注7 주제로 만들면 아이들의 관심을 끌기 쉬워집니다.自分自身(じぶんじしん)のことと考(かんが)えることができるかどうかは、理解(りかい)のスピードに大(おお)きな差(さ)を生(う)みますが、具体的(ぐたいてき)な「今(いま)」問題(もんだい)となっている事例(じれい)は、その点(てん)、すぐれた教材(きょうざい)となります。자기 자신의 문제로 생각할 수 있는가는 이해 속도에 큰 차이를 만들지만, 구체적인 '지금' 문제가 되고 있는 사례는 그 점에서 우수한 교재가 됩니다. (にへいひろし(二瓶(にへい)裕史(ひろし)『これだけは知(し)っておきたい 人生(じんせい)に必要(ひつよう)な法律(ほうりつ)』によると)二瓶裕史『これだけは知っておきたい 人生に必要な法律』에 따르면(注(ちゅう)1) 格段(かくだん)に: 非常(ひじょう)に(注(ちゅう)2) 言(い)うまでもない: 当然(とうぜん)だ(注(ちゅう)3) 民主的(みんしゅてき)に: ここでは、了解(りょうかい)し合(あ)って(注(ちゅう)4) 当事者(とうじしゃ): 直接(ちょくせつ)関係(かんけい)している人(ひと)(注(ちゅう)5) 合意(ごうい): 意思(いし)が一致(いっち)すること(注(ちゅう)6) 締結(ていけつ)される: ここでは、成立(せいりつ)する(注(ちゅう)7) 旬(しゅん)の: 今問題(こんもんだい)になっている問60: 法教育(ほうきょういく)の一(ひと)つの姿(すがた)として、本文(ほんぶん)で挙(あ)げられている例(れい)はどれか。법 교육의 한 모습으로서, 본문에 제시된 예는 어느 것인가? 学校(がっこう)のルールはなぜ作(つく)られたかを調(しら)べること学校(がっこう)のルールはなぜ作(つく)られたかを調(しら)べること학교 규칙이 왜 만들어졌는지를 조사하는 것 身近(みぢか)な法律(ほうりつ)を取(と)り上(あ)げて、易(やさ)しい言葉(ことば)で教(おし)えること身近(みぢか)な法律(ほうりつ)を取(と)り上(あ)げて、易(やさ)しい言葉(ことば)で教(おし)えること일상적인 법률을 다루어 쉬운 말로 가르치는 것 法律(ほうりつ)が必要(ひつよう)かどうかについて早(はや)く理解(りかい)できるから。身近(みぢか)な法律(ほうりつ)を取(と)り上(あ)げて、易(やさ)しい言葉(ことば)で教(おし)えること일상적인 법률을 다루어 쉬운 말로 가르치는 것 クラスの問題(もんだい)について話(はな)し合(あ)い、必要(ひつよう)なルールを決(き)めること身近(みぢか)な法律(ほうりつ)を取(と)り上(あ)げて、易(やさ)しい言葉(ことば)で教(おし)えること일상적인 법률을 다루어 쉬운 말로 가르치는 것 問61: 筆者(ひっしゃ)によると、新聞(しんぶん)を使(つか)うといいのはなぜか。필자에 따르면, 신문을 사용하면 좋은 이유는 무엇인가? 問題点(もんだいてん)が簡潔(かんけつ)にまとめられていて、早(はや)く理解(りかい)できるから問題点(もんだいてん)が簡潔(かんけつ)にまとめられていて、早(はや)く理解(りかい)できるから문제점이 간결하게 정리되어 있어 빨리 이해할 수 있기 때문 身近(みぢか)な問題(もんだい)だけでなく、社会(しゃかい)全体(ぜんたい)の問題(もんだい)も扱(あつか)っているから。身近(みぢか)な問題(もんだい)だけでなく、社会(しゃかい)全体(ぜんたい)の問題(もんだい)も扱(あつか)っているから。일상적인 문제뿐만 아니라 사회 전체의 문제도 다루고 있기 때문 憲法(けんぽう)などの法(ほう)の基本(きほん)的(てき)なことが多(おお)く取(と)り上(あ)げられているから身近(みぢか)な問題(もんだい)だけでなく、社会(しゃかい)全体(ぜんたい)の問題(もんだい)も扱(あつか)っているから。일상적인 문제뿐만 아니라 사회 전체의 문제도 다루고 있기 때문 今問題(こんもんだい)となっていることは、自分(じぶん)のこととして考(かんが)えやすいから身近(みぢか)な問題(もんだい)だけでなく、社会(しゃかい)全体(ぜんたい)の問題(もんだい)も扱(あつか)っているから。일상적인 문제뿐만 아니라 사회 전체의 문제도 다루고 있기 때문 問62: 小(ちい)さいころから法教育(ほうきょういく)をすることの利点(りてん)について、筆者(ひっしゃ)はどのように述(の)べているか。어릴 때부터 법교육을 하는 것의 장점에 대해 필자는 어떻게 말하고 있는가? 法(ほう)を守(まも)る人間(にんげん)に育(そだ)つ。法(ほう)を守(まも)る人間(にんげん)に育(そだ)つ。법을 지키는 사람으로 자란다。 法律(ほうりつ)に興味(きょうみ)を持(も)つようになる。法律(ほうりつ)に興味(きょうみ)を持(も)つようになる。법에 흥미를 가지게 된다。 問題(もんだい)を解決(かいけつ)する能力(のうりょく)が身(み)につけられる。法律(ほうりつ)に興味(きょうみ)を持(も)つようになる。법에 흥미를 가지게 된다。 勉強(べんきょう)の内容(ないよう)を理解(りかい)するスピードが速(はや)くなる。法律(ほうりつ)に興味(きょうみ)を持(も)つようになる。법에 흥미를 가지게 된다。 (2) 以下(いか)、読書(どくしょ)に利点(りてん)について書(か)かれた文章(ぶんしょう)である。 外(そと)の世界(せかい)に触(ふ)れずにいると、人(ひと)はそれまで与(あた)えられてきた一(ひと)つの価値観(かちかん)を持(も)ち、そこから脱出(だっしゅつ)しようとしないことが多(おお)い。固定(こてい)した価値観(かちかん)を持(も)ってしまう。少(すく)なくとも、自分(じぶん)の狭(せま)い体験(たいけん)のみによって価値観(かちかん)を築(きず)いていく。 だが、読書(どくしょ)をして教養(きょうよう)を身(み)につけることで、自分(じぶん)という一人(ひとり)の人間(にんげん)の経験(けいけん)や考(かんが)えを中心(ちゅうしん)にしながら、それを絶対視(ぜったいし)(注(ちゅう)1)せず、ものごとを相対化(そうたいか)(注(ちゅう)2)しつつ考(かんが)えることが可能(かのう)になる。 確(たし)かに、初(はじ)めのうち、新(あら)たに本(ほん)を読(よ)むたびに新(あたら)しい価値観(かちかん)に触(ふ)れ、自分(じぶん)の価値観(かちかん)がぐらついてくることがあるだろう。読(よ)んだ本(ほん)のすべてに感心(かんしん)し、自分(じぶん)の考(かんが)えが曖昧(あいまい)になってくるわけだ。あれこれと知識(ちしき)が増(ふ)えてしまって、何(なに)を信(しん)じればよいのかわからなくなってくる。 だが、多(おお)くの本(ほん)を読(よ)むうち、そのような時期(じき)は過(す)ぎていく。だんだんと特定(とくてい)の本(ほん)に感化(かんか)(注(ちゅう)3)されるようになってくる。そして、それに対立(たいりつ)する本(ほん)に反発(はんはつ)を感(かん)じるようになってくる。すなわち、だんだんと自分(じぶん)の考(かんが)えが明確(めいかく)になっていく。 そうなると、本(ほん)を読(よ)む前(まえ)の固定的(こていてき)な価値観(かちかん)とは異(こと)なってくる。狭(せま)い自分(じぶん)の体験(たいけん)だけから判断(はんだん)するのではなく、反対(はんたい)意見(いけん)も踏(ふ)まえ(注(ちゅう)4)、別(べつ)の考(かんが)え方(かた)も知(し)ったうえで自分(じぶん)の考(かんが)えが明確(めいかく)にできるようになってくる。(樋田(ひだ)裕一(ゆういち)『「教養(きょうよう)」を最強(さいきょう)の武器(ぶき)にす読書(どくしょ)術(じゅつ)』による) 以下(いか)、読書(どくしょ)に利点(りてん)について書(か)かれた文章(ぶんしょう)である。다음은 독서의 이점에 대해 쓴 글이다. 外(そと)の世界(せかい)に触(ふ)れずにいると、人(ひと)はそれまで与(あた)えられてきた一(ひと)つの価値観(かちかん)を持(も)ち、そこから脱出(だっしゅつ)しようとしないことが多(おお)い。외부 세계에 접하지 않고 지내면 사람은 그동안 주어졌던 하나의 가치관을 갖고 거기서 벗어나려 하지 않는 경우가 많다.固定(こてい)した価値観(かちかん)を持(も)ってしまう。고정된 가치관을 갖게 된다.少(すく)なくとも、自分(じぶん)の狭(せま)い体験(たいけん)のみによって価値観(かちかん)を築(きず)いていく。적어도 자신의 좁은 경험만으로 가치관을 형성하게 된다. だが、読書(どくしょ)をして教養(きょうよう)を身(み)につけることで、自分(じぶん)という一人(ひとり)の人間(にんげん)の経験(けいけん)や考(かんが)えを中心(ちゅうしん)にしながら、それを絶対視(ぜったいし)(注(ちゅう)1)せず、ものごとを相対化(そうたいか)(注(ちゅう)2)しつつ考(かんが)えることが可能(かのう)になる。그러나 독서를 통해 교양을 쌓음으로써, 자신이라는 한 인간의 경험과 생각을 중심으로 하면서도 그것을 절대화注1하지 않고 사물을 상대화注2하면서 생각할 수 있게 된다. 確(たし)かに、初(はじ)めのうち、新(あら)たに本(ほん)を読(よ)むたびに新(あたら)しい価値観(かちかん)に触(ふ)れ、自分(じぶん)の価値観(かちかん)がぐらついてくることがあるだろう。확실히, 처음에는 새로 책을 읽을 때마다 새로운 가치관에 접해 자신의 가치관이 흔들리는 일이 있을 것이다.読(よ)んだ本(ほん)のすべてに感心(かんしん)し、自分(じぶん)の考(かんが)えが曖昧(あいまい)になってくるわけだ。읽은 모든 책에 감탄하여 자신의 생각이 애매해지게 된다.あれこれと知識(ちしき)が増(ふ)えてしまって、何(なに)を信(しん)じればよいのかわからなくなってくる。여러 지식이 늘어나서 무엇을 믿어야 할지 모르게 된다. だが、多(おお)くの本(ほん)を読(よ)むうち、そのような時期(じき)は過(す)ぎていく。하지만 많은 책을 읽다 보면, 그러한 시기는 지나간다.だんだんと特定(とくてい)の本(ほん)に感化(かんか)(注(ちゅう)3)されるようになってくる。점차 특정한 책에 영향을 받게 된다注3.そして、それに対立(たいりつ)する本(ほん)に反発(はんはつ)を感(かん)じるようになってくる。그리고 그것과 대립하는 책에는 반발을 느끼게 된다.すなわち、だんだんと自分(じぶん)の考(かんが)えが明確(めいかく)になっていく。즉, 점차 자신의 생각이 명확해진다. そうなると、本(ほん)を読(よ)む前(まえ)の固定的(こていてき)な価値観(かちかん)とは異(こと)なってくる。그렇게 되면 책을 읽기 전의 고정된 가치관과는 달라진다.狭(せま)い自分(じぶん)の体験(たいけん)だけから判断(はんだん)するのではなく、反対(はんたい)意見(いけん)も踏(ふ)まえ(注(ちゅう)4)、別(べつ)の考(かんが)え方(かた)も知(し)ったうえで自分(じぶん)の考(かんが)えが明確(めいかく)にできるようになってくる。자신의 좁은 체험만으로 판단하는 것이 아니라, 반대 의견도 고려해注4, 다른 생각도 알게 된 뒤에 자신의 생각을 명확히 할 수 있게 된다.(樋田(ひだ)裕一(ゆういち)『「教養(きょうよう)」を最強(さいきょう)の武器(ぶき)にす読書(どくしょ)術(じゅつ)』による)樋田裕一『「教養」を最強の武器にす読書術』에 의함(注(ちゅう)1) 絶対視(ぜったいし)する: ここでは、疑(うたが)いのないものとして考(かんが)える(注(ちゅう)2) 相対化(そうたいか)しつつ考(かんが)える: 他(ほか)のものとの関係(かんけい)の中(なか)で考(かんが)える(注(ちゅう)3) 感化(かんか)される: ここでは、影響(えいきょう)を受(う)ける(注(ちゅう)4) 踏(ふ)まえる: ここでは、考(かんが)える問63: 人(ひと)は外(そと)の世界(せかい)に触(ふ)れずにいるとどうなると筆者(ひっしゃ)は述(の)べているか。필자는 사람이 외부 세계에 접하지 않고 있으면 어떻게 된다고 말하고 있는가? 他(ほか)の人(ひと)の価値観(かちかん)を否定(ひてい)するようになる。他(ほか)の人(ひと)の価値観(かちかん)を否定(ひてい)するようになる。다른 사람의 가치관을 부정하게 된다. 新(あたら)しい価値観(かちかん)をそのまま受(う)け入(い)れるようになる。新(あたら)しい価値観(かちかん)をそのまま受(う)け入(い)れるようになる。새로운 가치관을 그대로 받아들이게 된다. 自分(じぶん)の価値観(かちかん)が正(ただ)しいかどうか判断(はんだん)できなくなる。新(あたら)しい価値観(かちかん)をそのまま受(う)け入(い)れるようになる。새로운 가치관을 그대로 받아들이게 된다. 自分(じぶん)の経験(けいけん)だけに基(もと)づいた価値観(かちかん)でものを見(み)るようになる。新(あたら)しい価値観(かちかん)をそのまま受(う)け入(い)れるようになる。새로운 가치관을 그대로 받아들이게 된다. 問64: そのような時期(じき)とはどのような期待(きたい)か。그러한 시기란 어떤 기대인가? 知識(ちしき)が増(ふ)えることで、自分(じぶん)の考(かんが)えに確信(かくしん)が持(も)てなくなる時期(じき)知識(ちしき)が増(ふ)えることで、自分(じぶん)の考(かんが)えに確信(かくしん)が持(も)てなくなる時期(じき)지식이 늘어나면서 자신의 생각에 확신을 갖지 못하게 되는 시기 知識(ちしき)が増(ふ)えるにつれ、読(よ)んだ本(ほん)に影響(えいきょう)されなくなる時期(じき)知識(ちしき)が増(ふ)えるにつれ、読(よ)んだ本(ほん)に影響(えいきょう)されなくなる時期(じき)지식이 늘어갈수록 읽은 책에 영향을 받지 않게 되는 시기 知識(ちしき)が増(ふ)え、さらに新(あたら)しい体験(たいけん)をしようとする時期(じき)知識(ちしき)が増(ふ)えるにつれ、読(よ)んだ本(ほん)に影響(えいきょう)されなくなる時期(じき)지식이 늘어갈수록 읽은 책에 영향을 받지 않게 되는 시기 多(おお)くの本(ほん)を読(よ)んで、さらに新(あたら)しい知識(ちしき)を得(え)ようとする時期(じき)知識(ちしき)が増(ふ)えるにつれ、読(よ)んだ本(ほん)に影響(えいきょう)されなくなる時期(じき)지식이 늘어갈수록 읽은 책에 영향을 받지 않게 되는 시기 問65: 読書(どくしょ)の利点(りてん)について、筆者(ひっしゃ)はどのように考(かんが)えているか。독서의 장점에 대해 필자는 어떻게 생각하고 있는가? 自分(じぶん)の経験(けいけん)に基(もと)づいた考(かんが)えに自信(じしん)が持(も)てるようになる。自分(じぶん)の経験(けいけん)に基(もと)づいた考(かんが)えに自信(じしん)が持(も)てるようになる。자신의 경험에 기반한 생각에 자신감을 가질 수 있게 된다. 多様(たよう)な考(かんが)えを知(し)ることで、自分(じぶん)の考(かんが)えがはっきりしてくる。多様(たよう)な考(かんが)えを知(し)ることで、自分(じぶん)の考(かんが)えがはっきりしてくる。다양한 생각을 알게 됨으로써 자신의 생각이 분명해진다. 多様(たよう)な考(かんが)え方(かた)の中(なか)から、一番(いちばん)いい考(かんが)え方(かた)が選(えら)べるようになる。多様(たよう)な考(かんが)えを知(し)ることで、自分(じぶん)の考(かんが)えがはっきりしてくる。다양한 생각을 알게 됨으로써 자신의 생각이 분명해진다. 他人(たにん)の考(かんが)えに影響(えいきょう)を受(う)けたり、反発(はんはつ)を感(かん)じたりしなくなってくる。多様(たよう)な考(かんが)えを知(し)ることで、自分(じぶん)の考(かんが)えがはっきりしてくる。다양한 생각을 알게 됨으로써 자신의 생각이 분명해진다. (3) 人間(にんげん)はみんな「自分(じぶん)はこのような人間(にんげん)だ」というイメージを持(も)っています。これを自己(じこ)イメージといいます。ある人(ひと)に会(あ)った人(ひと)は、その人(ひと)のイメージを持(も)ちます。これを他者(たしゃ)イメージといいます。継続的(けいぞくてき)な人間関係(にんげんかんけい)があると、相手(あいて)のイメージが固定(こてい)してきます。自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からの自分(じぶん)に対(たい)するイメージに乖離(かいり)(注(ちゅう)1)が大(おお)きいと、人間関係(にんげんかんけい)に障害(しょうがい)が生(しょう)じます。自分(じぶん)は無口(むくち)だと思(おも)っているのに、他人(たにん)からはおしゃべりだと思(おも)われていたら、そこには誤解(ごかい)が生(しょう)じているので、誤解(ごかい)した(された)人間関係(にんげんかんけい)が生(う)まれるのです。 「自分(じぶん)は他人(たにん)から誤解(ごかい)されやすい人間(にんげん)だ」と感(かん)じる人(ひと)は、自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージに乖離(かいり)があるのです。誤解(ごかい)はどうして生(しょう)じるかというと、自分(じぶん)の方(かた)は自分(じぶん)の心(こころ)に持(も)ち方(かた)で判断(はんだん)しているのに対(たい)して、他者(たしゃ)はその人(ひと)の行動(こうどう)から判断(はんだん)しているからです。(中略(ちゅうりゃく))他人(たにん)のことは、外(そと)から見(み)えることでしか判断(はんだん)できませんが、自分(じぶん)のことは、見(み)えること(行動(こうどう))と見(み)えないこと(心(こころ)の内(うち))とによって、判断(はんだん)しているのです。誤解(ごかい)されやすいと感(かん)じている人(ひと)は、だから、自分(じぶん)の行動(こうどう)と思(おも)いに乖離(かいり)があるのです。 思(おも)いをそのまま行動(こうどう)に移(うつ)せていないのです。ときには、思(おも)いと反対(はんたい)の行動(こうどう)をしていることさえあるのです。思(おも)いが行動(こうどう)に移(うつ)せていないときは、誤解(ごかい)されるだけではなく、ストレスが溜(た)まります。ストレスは思(おも)いが伝(つた)わなかったり、発散(はっさん)(注(ちゅう)2)できなかったりするときに生(しょう)じるのです。自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージの乖離(かいり)を解消(かいしょう)するには、自分(じぶん)の心(こころ)に一致(いっち)した行動(こうどう)を取(と)るか、行動(こうどう)の方(かた)を自分(じぶん)がしたいからそうしているだと認(みと)めることです。 (東山(ひがしやま)裕久(ひろひさ)『悩(なや)みのコントロール術(じゅつ)』による) 人間(にんげん)はみんな「自分(じぶん)はこのような人間(にんげん)だ」というイメージを持(も)っています。사람은 누구나 '나는 이런 사람이다'라는 이미지를 가지고 있다.これを自己(じこ)イメージといいます。이를 자기 이미지라고 한다.ある人(ひと)に会(あ)った人(ひと)は、その人(ひと)のイメージを持(も)ちます。사람은 누군가를 만나면 그 사람에 대한 이미지를 갖게 된다.これを他者(たしゃ)イメージといいます。이를 타인 이미지라고 한다.継続的(けいぞくてき)な人間関係(にんげんかんけい)があると、相手(あいて)のイメージが固定(こてい)してきます。지속적인 인간관계가 있으면 상대에 대한 이미지가 고정된다.自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からの自分(じぶん)に対(たい)するイメージに乖離(かいり)(注(ちゅう)1)が大(おお)きいと、人間関係(にんげんかんけい)に障害(しょうがい)が生(しょう)じます。자기 이미지와 타인이 자신에게 갖는 이미지 사이의 괴리(주1)가 크면 인간관계에 장애가 생긴다.自分(じぶん)は無口(むくち)だと思(おも)っているのに、他人(たにん)からはおしゃべりだと思(おも)われていたら、そこには誤解(ごかい)が生(しょう)じているので、誤解(ごかい)した(された)人間関係(にんげんかんけい)が生(う)まれるのです。자신은 말수가 적다고 생각하는데 다른 사람들에게는 수다스럽다고 여겨진다면, 그 사이에는 오해가 생겨 오해로 인한 인간관계가 형성된다. 「自分(じぶん)は他人(たにん)から誤解(ごかい)されやすい人間(にんげん)だ」と感(かん)じる人(ひと)は、自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージに乖離(かいり)があるのです。'나는 타인에게 오해받기 쉬운 사람이다'라고 느끼는 사람은 자기 이미지와 타인이 보는 이미지에 괴리가 있는 것이다.誤解(ごかい)はどうして生(しょう)じるかというと、自分(じぶん)の方(かた)は自分(じぶん)の心(こころ)に持(も)ち方(かた)で判断(はんだん)しているのに対(たい)して、他者(たしゃ)はその人(ひと)の行動(こうどう)から判断(はんだん)しているからです。오해는 왜 생기냐 하면, 자신은 자신의 마음가짐으로 판단하는 반면 다른 사람은 그 사람의 행동으로 판단하기 때문이다.(中略(ちゅうりゃく))他人(たにん)のことは、外(そと)から見(み)えることでしか判断(はんだん)できませんが、自分(じぶん)のことは、見(み)えること(行動(こうどう))と見(み)えないこと(心(こころ)の内(うち))とによって、判断(はんだん)しているのです。중략 타인은 외부에서 보이는 것으로만 판단할 수 있지만, 자신은 보이는 것(행동)과 보이지 않는 것(마음속)에 의해 판단하고 있다.誤解(ごかい)されやすいと感(かん)じている人(ひと)は、だから、自分(じぶん)の行動(こうどう)と思(おも)いに乖離(かいり)があるのです。오해받기 쉽다고 느끼는 사람은 따라서 자신의 행동과 생각 사이에 괴리가 있는 것이다. 思(おも)いをそのまま行動(こうどう)に移(うつ)せていないのです。마음을 그대로 행동으로 옮기지 못하고 있는 것이다.ときには、思(おも)いと反対(はんたい)の行動(こうどう)をしていることさえあるのです。때로는 마음과 정반대의 행동을 하기도 한다.思(おも)いが行動(こうどう)に移(うつ)せていないときは、誤解(ごかい)されるだけではなく、ストレスが溜(た)まります。마음이 행동으로 옮겨지지 않을 때는 오해를 받을 뿐만 아니라 스트레스가 쌓인다.ストレスは思(おも)いが伝(つた)わなかったり、発散(はっさん)(注(ちゅう)2)できなかったりするときに生(しょう)じるのです。스트레스는 마음이 전달되지 않거나 발산(주2)하지 못할 때 생긴다.自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージの乖離(かいり)を解消(かいしょう)するには、自分(じぶん)の心(こころ)に一致(いっち)した行動(こうどう)を取(と)るか、行動(こうどう)の方(かた)を自分(じぶん)がしたいからそうしているだと認(みと)めることです。자기 이미지와 타인이 보는 이미지의 괴리를 해소하려면 자신의 마음에 일치하는 행동을 하거나, '행동은 내가 원해서 그렇게 하는 것이다'라고 인정하는 것이다. (東山(ひがしやま)裕久(ひろひさ)『悩(なや)みのコントロール術(じゅつ)』による)東山裕久『悩みのコントロール術』에 따름(注(ちゅう)1) 乖離(かいり): 離(はな)れていること(注(ちゅう)2) 発散(はっさん): 外(そと)へ出(だ)すこと問66: 自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージについて、筆者(ひっしゃ)の考(かんが)えに合(あ)うのはどれか。자기 이미지와 타인이 보는 이미지에 대해, 필자의 생각에 맞는 것은 어느 것인가? 自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージは、人間関係(にんげんかんけい)の長(なが)さによって変化(へんか)する自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージは、人間関係(にんげんかんけい)の長(なが)さによって変化(へんか)する자기 이미지와 타인이 갖는 이미지는 인간관계의 기간에 따라 변한다 自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージが離(はな)れていると、人間関係(にんげんかんけい)に問題(もんだい)が起(お)こる。自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージが離(はな)れていると、人間関係(にんげんかんけい)に問題(もんだい)が起(お)こる。자기 이미지와 타인이 보는 이미지가 서로 떨어져 있으면 인간관계에 문제가 생긴다。 自己(じこ)イメージは、他者(たしゃ)からのイメージとは異(こと)なるものだ。自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージが離(はな)れていると、人間関係(にんげんかんけい)に問題(もんだい)が起(お)こる。자기 이미지와 타인이 보는 이미지가 서로 떨어져 있으면 인간관계에 문제가 생긴다。 自己(じこ)イメージは、他者(たしゃ)からのイメージの影響(えいきょう)を受(う)けて変化(へんか)する。自己(じこ)イメージと他者(たしゃ)からのイメージが離(はな)れていると、人間関係(にんげんかんけい)に問題(もんだい)が起(お)こる。자기 이미지와 타인이 보는 이미지가 서로 떨어져 있으면 인간관계에 문제가 생긴다。 問67: 筆者(ひっしゃ)によると、他人(たにん)から誤解(ごかい)されるのはなぜか。필자에 따르면 다른 사람에게 오해받는 이유는 무엇인가? 自身(じしん)の行動(こうどう)を他人(たにん)の判断基準(はんだんきじゅん)に合(あ)わせようとするから自身(じしん)の行動(こうどう)を他人(たにん)の判断基準(はんだんきじゅん)に合(あ)わせようとするから다른 사람의 판단 기준에 자신의 행동을 맞추려 하기 때문이다 自身(じしん)の思(おも)いをそのまま行動(こうどう)に移(うつ)してしまうから自身(じしん)の思(おも)いをそのまま行動(こうどう)に移(うつ)してしまうから자신의 생각을 그대로 행동으로 옮기기 때문이다 自身(じしん)と他人(たにん)の思(おも)いは反対(はんたい)の場合(ばあい)があるから自身(じしん)の思(おも)いをそのまま行動(こうどう)に移(うつ)してしまうから자신의 생각을 그대로 행동으로 옮기기 때문이다 自身(じしん)と他人(たにん)では判断(はんだん)基準(きじゅん)が違(ちが)うから自身(じしん)の思(おも)いをそのまま行動(こうどう)に移(うつ)してしまうから자신의 생각을 그대로 행동으로 옮기기 때문이다 問68: 筆者(ひっしゃ)の考(かんが)えに合(あ)うものはどれか。필자의 생각에 맞는 것은 무엇인가? 自身(じしん)の思(おも)いと行動(こうどう)を一致(いっち)させれば、ストレスが溜(た)まらない。自身(じしん)の思(おも)いと行動(こうどう)を一致(いっち)させれば、ストレスが溜(た)まらない。자신의 생각과 행동을 일치시키면 스트레스가 쌓이지 않는다 自身(じしん)の思(おも)いより行動(こうどう)を大切(たいせつ)にする方(ほう)が、ストレスが溜(た)まらない。自身(じしん)の思(おも)いより行動(こうどう)を大切(たいせつ)にする方(ほう)が、ストレスが溜(た)まらない。자신의 생각보다 행동을 중요시하는 편이 스트레스가 쌓이지 않는다 自身(じしん)の思(おも)いと反対(はんたい)の行動(こうどう)をしたときに、ストレスが最大(さいだい)になる。自身(じしん)の思(おも)いより行動(こうどう)を大切(たいせつ)にする方(ほう)が、ストレスが溜(た)まらない。자신의 생각보다 행동을 중요시하는 편이 스트레스가 쌓이지 않는다 自身(じしん)の思(おも)いを行動(こうどう)に移(うつ)そうとすると、ストレスが溜(た)まる。自身(じしん)の思(おも)いより行動(こうどう)を大切(たいせつ)にする方(ほう)が、ストレスが溜(た)まらない。자신의 생각보다 행동을 중요시하는 편이 스트레스가 쌓이지 않는다 問題 12 次のAとBの文章を読んで、後ろの問いに対する答えを最もよいものを一つ 選びなさい。 A かつては、演劇(えんげき)の公演(こうえん)は生(なま)で鑑賞(かんしょう)することが一般的(いっぱんてき)だったが、最近(さいきん)は、自宅(じたく)で公演(こうえん)のビデオやDVDを鑑賞(かんしょう)する人(ひと)が増(ふ)えている。これらの映像(えいぞう)は、何台(なんだい)のカメラを使(つか)い、出演者(しゅつえんしゃ)の表情(ひょうじょう)を近(ちか)くから映(うつ)したりステージ全体(ぜんたい)をとらえたりしているので、会場(かいじょう)に行(い)かなくても十分(じゅうぶん)に楽(たの)しめるというのだ。 しかし、生(なま)の公演(こうえん)を鑑賞(かんしょう)することの良(よ)さの一(ひと)つに、自分(じぶん)の視点(してん)で楽(たの)しめるということがある。ビデオやDVDの映像(えいぞう)は他人(たにん)の視点(してん)で切(き)り取(と)られたものなので、自分(じぶん)が本当(ほんとう)に見(み)たい部分(ぶぶん)だとは限(かぎ)らない。私(わたし)はやはり生(なま)で、好(す)きな出演者(しゅつえんしゃ)の姿(すがた)を追(お)い続(つづ)けるなど自由(じゆう)に鑑賞(かんしょう)するのが面白(おもしろ)いと思(おも)う。 先日(せんじつ)、劇場(げきじょう)で演劇(えんげき)を鑑賞(かんしょう)する機会(きかい)があった。久(ひさ)しぶりに生(なま)で鑑賞(かんしょう)して、会場(かいじょう)でしか得(え)られないものがあると気(き)づいた。それは出演者(しゅつえんしゃ)と観客(かんきゃく)との一体感(いったいかん)から生(う)まれる感動(かんどう)だ。出演者(しゅつえんしゃ)の素晴(すば)らしい演技(えんぎ)を見(み)て、観客(かんきゃく)が泣(な)いたり笑(わら)ったりする。観客(かんきゃく)が出演者(しゅつえんしゃ)に声援(せいえん)を送(おく)ることもある。このように会場(かいじょう)が一(ひと)つになったときの感動(かんどう)は、その場(ば)にいる人(ひと)にしか得(え)られない特別(とくべつ)な感動(かんどう)だろう。 最近(さいきん)は、多(おお)くの公演(こうえん)がインタネットやDVDなどで自宅(じたく)でも鑑賞(かんしょう)できるようになった。自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)するほうが楽(らく)だと言(い)って、生(なま)の公演(こうえん)を鑑賞(かんしょう)しない人(ひと)も増(ふ)えている。しかし自宅(じたく)での鑑賞(かんしょう)では、演技(えんぎ)の素晴(すば)らしさは分(わ)かっても、会場(かいじょう)の一体感(いったいかん)は感(かん)じられない。私(わたし)はあの感動(かんどう)を味(あじ)わうため、またぜひ生(なま)の公演(こうえん)を鑑賞(かんしょう)したいと思(おも)う。 AA かつては、演劇(えんげき)の公演(こうえん)は生(なま)で鑑賞(かんしょう)することが一般的(いっぱんてき)だったが、最近(さいきん)は、自宅(じたく)で公演(こうえん)のビデオやDVDを鑑賞(かんしょう)する人(ひと)が増(ふ)えている。예전에는 연극 공연을 직접 관람하는 것이 일반적이었지만, 최근에는 집에서 공연의 비디오나 DVD를 감상하는 사람이 늘고 있다.これらの映像(えいぞう)は、何台(なんだい)のカメラを使(つか)い、出演者(しゅつえんしゃ)の表情(ひょうじょう)を近(ちか)くから映(うつ)したりステージ全体(ぜんたい)をとらえたりしているので、会場(かいじょう)に行(い)かなくても十分(じゅうぶん)に楽(たの)しめるというのだ。이런 영상은 여러 대의 카메라를 사용해 출연자의 표정을 가까이에서 비추거나 무대 전체를 잡기 때문에, 공연장에 가지 않아도 충분히 즐길 수 있다고 한다. しかし、生(なま)の公演(こうえん)を鑑賞(かんしょう)することの良(よ)さの一(ひと)つに、自分(じぶん)の視点(してん)で楽(たの)しめるということがある。하지만 직접 공연을 관람하는 것의 장점 중 하나는 자신의 시점으로 즐길 수 있다는 점이 있다.ビデオやDVDの映像(えいぞう)は他人(たにん)の視点(してん)で切(き)り取(と)られたものなので、自分(じぶん)が本当(ほんとう)に見(み)たい部分(ぶぶん)だとは限(かぎ)らない。비디오나 DVD의 영상은 타인의 시점으로 잘라낸 것이기 때문에, 자신이 정말로 보고 싶은 부분이라고는 한정할 수 없다.私(わたし)はやはり生(なま)で、好(す)きな出演者(しゅつえんしゃ)の姿(すがた)を追(お)い続(つづ)けるなど自由(じゆう)に鑑賞(かんしょう)するのが面白(おもしろ)いと思(おも)う。나는 역시 직접 공연을 보고 좋아하는 출연자의 모습을 쫓아가는 등 자유롭게 관람하는 것이 재미있다고 생각한다. 先日(せんじつ)、劇場(げきじょう)で演劇(えんげき)を鑑賞(かんしょう)する機会(きかい)があった。얼마 전 극장에서 연극을 관람할 기회가 있었다.久(ひさ)しぶりに生(なま)で鑑賞(かんしょう)して、会場(かいじょう)でしか得(え)られないものがあると気(き)づいた。오랫만에 직접 관람해 보니, 공연장에 가야만 얻을 수 있는 것이 있다는 것을 깨달았다.それは出演者(しゅつえんしゃ)と観客(かんきゃく)との一体感(いったいかん)から生(う)まれる感動(かんどう)だ。그것은 출연자와 관객의 일체감에서 생기는 감동이다.出演者(しゅつえんしゃ)の素晴(すば)らしい演技(えんぎ)を見(み)て、観客(かんきゃく)が泣(な)いたり笑(わら)ったりする。출연자의 훌륭한 연기를 보고 관객이 울거나 웃는다.観客(かんきゃく)が出演者(しゅつえんしゃ)に声援(せいえん)を送(おく)ることもある。관객이 출연자에게 환호나 응원을 보내는 경우도 있다.このように会場(かいじょう)が一(ひと)つになったときの感動(かんどう)は、その場(ば)にいる人(ひと)にしか得(え)られない特別(とくべつ)な感動(かんどう)だろう。이처럼 공연장이 하나가 되었을 때의 감동은 그 자리에 있는 사람에게만 얻을 수 있는 특별한 감동일 것이다. 最近(さいきん)は、多(おお)くの公演(こうえん)がインタネットやDVDなどで自宅(じたく)でも鑑賞(かんしょう)できるようになった。최근에는 많은 공연이 인터넷이나 DVD 등으로 집에서도 감상할 수 있게 되었다.自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)するほうが楽(らく)だと言(い)って、生(なま)の公演(こうえん)を鑑賞(かんしょう)しない人(ひと)も増(ふ)えている。집에서 감상하는 쪽이 편하다며, 직접 공연을 관람하지 않는 사람도 늘고 있다.しかし自宅(じたく)での鑑賞(かんしょう)では、演技(えんぎ)の素晴(すば)らしさは分(わ)かっても、会場(かいじょう)の一体感(いったいかん)は感(かん)じられない。하지만 집에서의 감상으로는 연기의 훌륭함은 알 수 있어도, 공연장의 일체감은 느낄 수 없다.私(わたし)はあの感動(かんどう)を味(あじ)わうため、またぜひ生(なま)の公演(こうえん)を鑑賞(かんしょう)したいと思(おも)う。나는 그 감동을 맛보기 위해, 또 꼭 직접 공연을 관람하고 싶다.問69: 最近(さいきん)の演劇(えんげき)の鑑賞(かんしょう)のしかたについて、AとBで共通(きょうつう)して述(の)べられている変化(へんか)は何(なに)か。최근의 연극 관람 방식에 대해 A와 B가 공통적으로 언급하는 변화는 무엇인가? 自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)するのを好(この)む人(ひと)が増(ふ)えている。自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)するのを好(この)む人(ひと)が増(ふ)えている。집에서 감상하기를 선호하는 사람이 늘고 있다. 自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)しても生(なま)で鑑賞(かんしょう)しても同(おな)じだという人(ひと)が増(ふ)えている。自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)しても生(なま)で鑑賞(かんしょう)しても同(おな)じだという人(ひと)が増(ふ)えている。집에서 보든 직접 보든 같다고 생각하는 사람이 늘고 있다. 生(なま)で鑑賞(かんしょう)しなければ楽(たの)しめないという人(ひと)が増(ふ)えている。自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)しても生(なま)で鑑賞(かんしょう)しても同(おな)じだという人(ひと)が増(ふ)えている。집에서 보든 직접 보든 같다고 생각하는 사람이 늘고 있다. 生(なま)で鑑賞(かんしょう)するではなく、自宅(じたく)でも鑑賞(かんしょう)する人(ひと)が増(ふ)えている。自宅(じたく)で鑑賞(かんしょう)しても生(なま)で鑑賞(かんしょう)しても同(おな)じだという人(ひと)が増(ふ)えている。집에서 보든 직접 보든 같다고 생각하는 사람이 늘고 있다. 問70: 生(なま)で演劇(えんげき)を鑑賞(かんしょう)することの良(よ)さについて、AとBはどのように述(の)べているか。직접 연극을 관람하는 것의 장점에 대해 A와 B는 어떻게 서술하고 있는가? AもBも、会場(かいじょう)独特(どくとく)の緊張感(きんちょうかん)が伝(つた)わってくることだと述(の)べている。AもBも、会場(かいじょう)独特(どくとく)の緊張感(きんちょうかん)が伝(つた)わってくることだと述(の)べている。A와 B 모두 공연장 특유의 긴장감이 전해진다고 말하고 있다. AもBも、思(おも)いがけない発見(はっけん)があることだと述(の)べている。AもBも、思(おも)いがけない発見(はっけん)があることだと述(の)べている。A와 B 모두 예상치 못한 발견이 있다고 말하고 있다. Aは見(み)たいものを自由(じゆう)に鑑賞(かんしょう)できることだと述(の)べ、Bは出演者(しゅつえんしゃ)の演技(えんぎ)の素晴(すば)らしさが実感(じっかん)できることだと述(の)べている。AもBも、思(おも)いがけない発見(はっけん)があることだと述(の)べている。A와 B 모두 예상치 못한 발견이 있다고 말하고 있다. Aは自身(じしん)の視点(してん)で鑑賞(かんしょう)できることだと述(の)べ、Bは出演者(しゅつえんしゃ)と観客(かんきゃく)との一体感(いったいかん)を味(あじ)わえることだと述(の)べている。AもBも、思(おも)いがけない発見(はっけん)があることだと述(の)べている。A와 B 모두 예상치 못한 발견이 있다고 말하고 있다. 問題 13 次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして、最もよいものを1・2・3・4から 一つ 選びなさい。 人生(じんせい)はいつも旅(たび)になぞらえられる(注(ちゅう)1)。 人(ひと)は人生(じんせい)という旅路(たびじ)を、地図(ちず)もなく歩(ある)いている。誰(だれ)(注(ちゅう)2)しもそうだし、それが人間(にんげん)としては自然(しぜん)な姿(すがた)である。人生(じんせい)に地図(ちず)などあるわけがない。なのに人(ひと)は、人生(じんせい)の地図(ちず)をもとうとするのが常(つね)だ。暗闇(くらやみ)の中(なか)を歩(ある)くのが不安(ふあん)で仕様(しよう)がないのだ。迷(まよ)ってしまった時(とき)の恐怖(きょうふ)を想像(そうぞう)したくないからだ。 そして自分(じぶん)の地図(ちず)には、人生(じんせい)の設計図(せっけいず)としてわがままな道程(どうてい)(注(ちゅう)3)が記(しる)されている。三十歳(さんじゅうさい)までには結婚(けっこん)し、三十五歳(さんじゅうごさい)頃(ころ)に二人(ふたり)の子(こ)どもをもつ。四十歳(よんじゅうさい)には課長(かちょう)になり、五十歳(ごじゅうさい)までには何(なん)とか部長(ぶちょう)に昇進(しょうしん)(注(ちゅう)4)する。 (中略(ちゅうりゃく)) 人生(じんせい)に地図(ちず)に描(か)かれた道(みち)を、その通(とお)りに歩(あゆ)むことができるなら、そんなに楽(らく)なことはない。一度(いちど)も脇道(わきみち)にそれずに、ただまっすぐに歩(ある)くことができるのなら、人(ひと)は何(なに)も悩(なや)まなくても済(す)むだろう。そんな人生(じんせい)を送(おく)る人間(にんげん)は、おそらくこの世(よ)に一人(ひとり)もいない。もしそういう人間(にんげん)がいるのだとしたら、それはその人間(にんげん)の人生(じんせい)ではない。その人生(じんせい)は他人(たにん)から与(あた)えられたものに過(す)ぎない。 五十歳(ごじゅうさい)の時(とき)には部長(ぶちょう)になっている。これは今(いま)という現在地(げんざいち)から見(み)た目標(もくひょう)であろう。目標(もくひょう)をもつことはもちろん大切(たいせつ)なことだ。しかし、その目標(もくひょう)へ辿(たど)り着(つ)く道(みち)は決(けっ)して一本(いっぽん)ではない。五十歳(ごじゅうさい)という現在地(げんざいち)に立(た)った時(とき)、もし部長(ぶちょう)になっていけなければどうするのか。一枚(いちまい)の地図(ちず)しか持(も)っていない人(ひと)、あるいは決(けっ)して地図(ちず)を書(か)き変(か)えようとしない人(ひと)は、そこで人生(じんせい)の現在地(げんざいち)を見失(みうしな)って(注(ちゅう)5)しまうだろう。「今(いま)、自分(じぶん)はこの場所(ばしょ)にいるはずなのに、全(まった)く違(ちが)う所(ところ)に来(き)てしまった」と、そんな思(おも)いにとらわれ(注(ちゅう)6)てしまい、行(い)くべき道(みち)も見失(みうしな)ってしまうのである。 地図(ちず)を持(も)たない人生(じんせい)が不安(ふあん)であるならば、地図(ちず)をもてばいいだけのことだ。しかし、その一枚(いちまい)の地図(ちず)にこだわってはならない。常(つね)に現在地(げんざいち)を確認(かくにん)しながら、どんどん地図(ちず)を書(か)き変(か)えていくことだ。 少(すこ)し脇道(わきみち)に入(はい)ってしまったのなら、その脇道(わきみち)を歩(ある)いてみればいい。無理(むり)をして元(もと)の道(みち)に戻(もど)ろうとしても、余計(よけい)に迷(まよ)うだけだ。脇道(わきみち)を歩(ある)いているうちに、いつの間(ま)にか元(もと)の道(みち)に戻(もど)ることもあるだろし、また別(べつ)の大通(おおどお)りに出会(であ)うこともあるだろう。人生(じんせい)には数(かぞ)え切(き)れないほどの道(みち)があることを知(し)っておいたほうがいい。今(いま)いる場所(ばしょ)さえしっかり認識(にんしき)(注(ちゅう)7)できていれば、人(ひと)はどんな道(みち)だって歩(ある)いていくことができるものだ。 (立松(たてまつ)平和(へいわ)『人生(じんせい)の現在地(げんざいち)---まだまだ迷(まよ)っているぞ、私(わたし)は。』による) 人生(じんせい)はいつも旅(たび)になぞらえられる(注(ちゅう)1)。인생은 언제나 여행에 비유된다(주1). 人(ひと)は人生(じんせい)という旅路(たびじ)を、地図(ちず)もなく歩(ある)いている。사람은 인생이라는 여행길을 지도도 없이 걸어가고 있다.誰(だれ)(注(ちゅう)2)しもそうだし、それが人間(にんげん)としては自然(しぜん)な姿(すがた)である。누구(주2)나 그렇고, 그것이 인간으로서는 자연스러운 모습이다.人生(じんせい)に地図(ちず)などあるわけがない。인생에 지도가 있을 리가 없다.なのに人(ひと)は、人生(じんせい)の地図(ちず)をもとうとするのが常(つね)だ。그런데도 사람은 인생의 지도를 가지려 하는 것이 보통이다.暗闇(くらやみ)の中(なか)を歩(ある)くのが不安(ふあん)で仕様(しよう)がないのだ。어둠 속을 걷는 것이 불안해서 견딜 수 없다.迷(まよ)ってしまった時(とき)の恐怖(きょうふ)を想像(そうぞう)したくないからだ。길을 잃었을 때의 두려움을 상상하고 싶지 않기 때문이다. そして自分(じぶん)の地図(ちず)には、人生(じんせい)の設計図(せっけいず)としてわがままな道程(どうてい)(注(ちゅう)3)が記(しる)されている。그리고 자기의 지도에는 인생의 설계도로서 제멋대로인 여정(주3)이 적혀 있다.三十歳(さんじゅうさい)までには結婚(けっこん)し、三十五歳(さんじゅうごさい)頃(ころ)に二人(ふたり)の子(こ)どもをもつ。서른 살까지는 결혼하고, 서른다섯쯤에 두 아이를 갖는다.四十歳(よんじゅうさい)には課長(かちょう)になり、五十歳(ごじゅうさい)までには何(なん)とか部長(ぶちょう)に昇進(しょうしん)(注(ちゅう)4)する。마흔 살에는 과장이 되고, 쉰 살까지는 어떻게든 부장으로 승진(주4)한다. (中略(ちゅうりゃく))중략 人生(じんせい)に地図(ちず)に描(か)かれた道(みち)を、その通(とお)りに歩(あゆ)むことができるなら、そんなに楽(らく)なことはない。인생의 지도에 그려진 길을 그대로 걸을 수만 있다면, 그보다 편한 일은 없다.一度(いちど)も脇道(わきみち)にそれずに、ただまっすぐに歩(ある)くことができるのなら、人(ひと)は何(なに)も悩(なや)まなくても済(す)むだろう。한 번도 곁길로 새지 않고 그저 똑바로 걸을 수 있다면 사람은 아무런 고민도 하지 않아도 될 것이다.そんな人生(じんせい)を送(おく)る人間(にんげん)は、おそらくこの世(よ)に一人(ひとり)もいない。그런 삶을 사는 사람은 아마 이 세상에 한 사람도 없다.もしそういう人間(にんげん)がいるのだとしたら、それはその人間(にんげん)の人生(じんせい)ではない。만약 그런 사람이 있다면, 그것은 그 사람의 삶이 아니다.その人生(じんせい)は他人(たにん)から与(あた)えられたものに過(す)ぎない。그 삶은 타인에게 주어진 것에 불과하다. 五十歳(ごじゅうさい)の時(とき)には部長(ぶちょう)になっている。쉰 살 때에는 부장이 되어 있다.これは今(いま)という現在地(げんざいち)から見(み)た目標(もくひょう)であろう。이는 '지금'이라는 현재 지점에서 본 목표일 것이다.目標(もくひょう)をもつことはもちろん大切(たいせつ)なことだ。목표를 가지는 것은 물론 중요한 일이다.しかし、その目標(もくひょう)へ辿(たど)り着(つ)く道(みち)は決(けっ)して一本(いっぽん)ではない。하지만 그 목표에 도달하는 길은 결코 한 갈래뿐이 아니다.五十歳(ごじゅうさい)という現在地(げんざいち)に立(た)った時(とき)、もし部長(ぶちょう)になっていけなければどうするのか。오십 살이라는 현재 지점에 섰을 때, 만약 부장이 되지 못했다면 어떻게 할 것인가。一枚(いちまい)の地図(ちず)しか持(も)っていない人(ひと)、あるいは決(けっ)して地図(ちず)を書(か)き変(か)えようとしない人(ひと)は、そこで人生(じんせい)の現在地(げんざいち)を見失(みうしな)って(注(ちゅう)5)しまうだろう。한 장의 지도밖에 갖고 있지 않은 사람, 혹은 결코 지도를 바꾸려 하지 않는 사람은 그곳에서 인생의 현재 위치를 놓쳐注5 버릴 것이다。「今(いま)、自分(じぶん)はこの場所(ばしょ)にいるはずなのに、全(まった)く違(ちが)う所(ところ)に来(き)てしまった」と、そんな思(おも)いにとらわれ(注(ちゅう)6)てしまい、行(い)くべき道(みち)も見失(みうしな)ってしまうのである。「지금 나는 이곳에 있을 텐데, 전혀 다른 곳에 와 버렸다」라는 그런 생각에 사로잡혀注6 결국 가야 할 길도 잃어버리고 만다。 地図(ちず)を持(も)たない人生(じんせい)が不安(ふあん)であるならば、地図(ちず)をもてばいいだけのことだ。지도를 갖지 않은 삶이 불안하다면, 지도를 가지면 될 뿐이다。しかし、その一枚(いちまい)の地図(ちず)にこだわってはならない。그러나 그 한 장의 지도에 집착해서는 안 된다。常(つね)に現在地(げんざいち)を確認(かくにん)しながら、どんどん地図(ちず)を書(か)き変(か)えていくことだ。항상 현재 위치를 확인하면서 지도를 계속 고쳐 나가면 된다。 少(すこ)し脇道(わきみち)に入(はい)ってしまったのなら、その脇道(わきみち)を歩(ある)いてみればいい。조금 옆길로 들어가 버렸다면, 그 옆길을 걸어 보면 된다。無理(むり)をして元(もと)の道(みち)に戻(もど)ろうとしても、余計(よけい)に迷(まよ)うだけだ。무리해서 원래 길로 돌아가려고 해도, 오히려 더 헤맬 뿐이다。脇道(わきみち)を歩(ある)いているうちに、いつの間(ま)にか元(もと)の道(みち)に戻(もど)ることもあるだろし、また別(べつ)の大通(おおどお)りに出会(であ)うこともあるだろう。옆길을 걷는 동안에 어느새 원래 길로 돌아오기도 하고, 또 다른 큰길을 만나기도 할 것이다。人生(じんせい)には数(かぞ)え切(き)れないほどの道(みち)があることを知(し)っておいたほうがいい。인생에는 헤아릴 수 없을 만큼 많은 길이 있다는 것을 알아두는 편이 좋다。今(いま)いる場所(ばしょ)さえしっかり認識(にんしき)(注(ちゅう)7)できていれば、人(ひと)はどんな道(みち)だって歩(ある)いていくことができるものだ。지금 있는 장소만 제대로 인식注7하고 있다면, 사람은 어떤 길이든 걸어갈 수 있다。 (立松(たてまつ)平和(へいわ)『人生(じんせい)の現在地(げんざいち)---まだまだ迷(まよ)っているぞ、私(わたし)は。』による)立松平和『人生の現在地---まだまだ迷っているぞ、私は。』에 의한(注(ちゅう)1) なぞらえられる: たとえられる(注(ちゅう)2) 誰(だれ)しも: 誰(だれ)でも(注(ちゅう)3) 道程(どうてい): ここでは、道(みち)(注(ちゅう)4) 昇進(しょうしん)する: 出世(しゅっせ)する(注(ちゅう)5) ∼を見失(みうしな)う: ∼がわからなくなる(注(ちゅう)6) とらわれる: 縛(しば)られる(注(ちゅう)7) 認識(にんしき)する: わかる問71: 筆者(ひっしゃ)によると、なぜ人(ひと)は人生(じんせい)の地図(ちず)をもとうとするのか。필자에 따르면, 왜 사람은 인생의 지도를 가지려 하는가。 人間(にんげん)として自然(しぜん)な姿(すがた)だから人間(にんげん)として自然(しぜん)な姿(すがた)だから인간으로서 자연스러운 모습이기 때문이다 希望(きぼう)通(どお)りの人生(じんせい)を送(おく)りたいから希望(きぼう)通(どお)りの人生(じんせい)を送(おく)りたいから원하는 대로의 인생을 살고 싶기 때문이다 行(い)くべき道(みち)がわからないと不安(ふあん)だから希望(きぼう)通(どお)りの人生(じんせい)を送(おく)りたいから원하는 대로의 인생을 살고 싶기 때문이다 早(はや)く目標(もくひょう)に到達(とうたつ)しないと不安(ふあん)になるから希望(きぼう)通(どお)りの人生(じんせい)を送(おく)りたいから원하는 대로의 인생을 살고 싶기 때문이다 問72: その人生(じんせい)は、どのような人生(じんせい)か。그 인생은 어떤 삶인가? 地図(ちず)に頼(たよ)らずにまっすぐに歩(あゆ)む人生(じんせい)地図(ちず)に頼(たよ)らずにまっすぐに歩(あゆ)む人生(じんせい)지도를 의지하지 않고 곧게 걸어가는 인생 地図通(ちずどお)りの道(みち)を歩(あゆ)む人生(じんせい)地図通(ちずどお)りの道(みち)を歩(あゆ)む人生(じんせい)지도대로 길을 걷는 인생 他人(たにん)と同(おな)じような道(みち)を歩(あゆ)む人生(じんせい)地図通(ちずどお)りの道(みち)を歩(あゆ)む人生(じんせい)지도대로 길을 걷는 인생 道(みち)に迷(まよ)いながら歩(あゆ)んでいく人生(じんせい)地図通(ちずどお)りの道(みち)を歩(あゆ)む人生(じんせい)지도대로 길을 걷는 인생 問73: この文章(ぶんしょう)で筆者(ひっしゃ)が最(もっと)も言(い)いたいことは何(なに)か。이 글에서 필자가 가장 말하고자 하는 것은 무엇인가? たくさんの地図(ちず)を用意(ようい)しておけば、人生(じんせい)で道(みち)に迷(まよ)う心配(しんぱい)がない。たくさんの地図(ちず)を用意(ようい)しておけば、人生(じんせい)で道(みち)に迷(まよ)う心配(しんぱい)がない。많은 지도를 준비해 두면 인생에서 길을 잃을 걱정이 없다. 人生(じんせい)は現在地(げんざいち)さえわかっていれば、新(あら)たな道(みち)を進(すす)むことができる。人生(じんせい)は現在地(げんざいち)さえわかっていれば、新(あら)たな道(みち)を進(すす)むことができる。인생은 현재 위치만 알고 있으면 새로운 길로 나아갈 수 있다. 人生(じんせい)は行き先(いきさき)を決(き)めれば、道(みち)に迷(まよ)わずに自身(じしん)の力(ちから)で歩(あゆ)んでいける。人生(じんせい)は現在地(げんざいち)さえわかっていれば、新(あら)たな道(みち)を進(すす)むことができる。인생은 현재 위치만 알고 있으면 새로운 길로 나아갈 수 있다. 人生(じんせい)の可能性(かのうせい)を広(ひろ)げるには、地図(ちず)にない道(みち)を進(すす)むべきだ。人生(じんせい)は現在地(げんざいち)さえわかっていれば、新(あら)たな道(みち)を進(すす)むことができる。인생은 현재 위치만 알고 있으면 새로운 길로 나아갈 수 있다. 問題 14次は、ある大学の公開講座の案内である。下の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ 選びなさい。 問74: 高校生(こうこうせい)のエミリさんは公開講座(こうかいこうざ)を受(う)けてみようと考(かんが)えている。7月(がつ)25日(にち)から8月(がつ)30日(にち)の間(あいだ)に行(おこな)われる経済学部(けいざいがくぶ)が実施(じっし)する講座(こうざ)で、会場(かいじょう)が影山(かげやま)キャンパスのものがいい。エミリさんに合(あ)うのはどの講座(こうざ)か。고등학생인 에밀리 씨는 공개 강좌를 들어보려고 생각하고 있다. 7월 25일부터 8월 30일 사이에 열리는 경제학부가 실시하는 강좌로, 장소가 카게야마 캠퍼스인 것이 좋다. 에밀리 씨에게 맞는 강좌는 어느 것인가? ①と③と④と⑥①と③と④と⑥①와 ③와 ④와 ⑥ ③と④と⑥③と④と⑥③와 ④와 ⑥ ③と④③と④と⑥③와 ④와 ⑥ ④のみ③と④と⑥③와 ④와 ⑥ 問75: 会社員(かいしゃいん)のパコさんは二(ふた)つの講座(こうざ)に申(もう)し込(こ)みたいと思(おも)っている。申(もう)し込(こ)みは、直接(ちょくせつ)事務所(じむしょ)窓口(まどぐち)に行(い)くつもりだ。パコさんが提出(ていしゅつ)しなければならないものは何(なに)か。회사원인 파코 씨는 두 개의 강좌에 신청하고 싶어 한다. 신청은 직접 사무실 창구에 갈 예정이다. 파코 씨가 제출해야 하는 것은 무엇인가? 公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)1枚(まい)のみ公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)1枚(まい)のみ공개강좌 신청서 1장만 公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)2枚(まい)のみ公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)2枚(まい)のみ공개강좌 신청서 2장만 公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)1枚(まい)と返信用(へんしんよう)の封筒(ふうとう)1枚(まい)公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)2枚(まい)のみ공개강좌 신청서 2장만 公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)2枚(まい)と返信用(へんしんよう)の封筒(ふうとう)1枚(まい)公開講座(こうかいこうざ)申込書(もうしこみしょ)2枚(まい)のみ공개강좌 신청서 2장만 影山大学 経済学部 商学部公開講座一覧(講座の詳しい内容は、裏面をご覧ください。) 講座名日程時間実施キャンパス実施する学部①日本経済の現状「全2回」7/2(日)・7/9(日)14:00 ~ 16:30北影山経済学部②比較経済論「全3回」7/15(土)・7/17(日)13:00 ~ 17:15影山商学部③国際金融論「全2回」7/26(水)・8/2(水)18:00 ~ 19:30影山経済学部④経済統計データの分析「全2回」7/29(土)・8/5(土)9:00 ~ 17:00影山経済学部⑤組織行動学「全2回」8/21(月)・8/22(火)13:45 ~ 16:15北影山商学部⑥社会政策と経済政策「全2回」9/7(水)・9/14(木)10:00 ~ 12:30影山経済学部受講について●受講は、高校生以上の方ならどなたでも可能です。●各講座、定員は30名となっています。申込・受付について●郵送、または影山キャンパス経済学部事務所窓口で受け付けます。(申込者多数の場合、抽選)●締め切りは、各講座初回の2週間前となります。●裏面の「公開講座申込書」にご記入の上、ご提出ください。複数の講座を希望される場合も、申込書は1枚でお願いします。 ●各講座初回1週間前までに、受講できるかどうかを文章で通知します。 申込み時に返信用封筒(長形3号:120×235mm)1枚をご提出ください。 封筒には82円分の切手を貼り、住所・氏名をご記入ください。影山大学 経済学部 商学部카게야마 대학 – 경제학부 – 상학과公開講座一覧(講座の詳しい内容は、裏面をご覧ください。)공개 강좌 안내 (자세한 내용은 뒷면을 참조하세요.)講座名강좌명日程강의 일정時間시간実施キャンパス개최 장소実施する学部주관 학과①日本経済の現状「全2回」일본 경제 동향 (2회)7/2(日)・7/9(日)14:00 ~ 16:30北影山経済学部②比較経済論「全3回」비교경제학 (3회)7/15(土)・7/17(日)13:00 ~ 17:15影山商学部③国際金融論「全2回」국제 금융 (2회)7/26(水)・8/2(水)18:00 ~ 19:30影山経済学部④経済統計データの分析「全2回」경제 통계 데이터 분석 (2회)7/29(土)・8/5(土)9:00 ~ 17:00影山経済学部⑤組織行動学「全2回」조직 행동 (2회)8/21(月)・8/22(火)13:45 ~ 16:15北影山商学部⑥社会政策と経済政策「全2回」사회 정책과 경제 정책 (2회)9/7(水)・9/14(木)10:00 ~ 12:30影山経済学部受講について수강 안내●受講は、高校生以上の方ならどなたでも可能です。● 고등학생 이상이면 누구나 참가할 수 있습니다.●各講座、定員は30名となっています。● 각 강좌 정원은 30명입니다.申込・受付について신청 및 접수●郵送、または影山キャンパス経済学部事務所窓口で受け付けます。(申込者多数の場合、抽選)● 우편 또는 카게야마 캠퍼스 경제학부 사무실에서 신청하세요(정원 초과 시 추첨).●締め切りは、各講座初回の2週間前となります。● 신청 마감은 각 강좌 첫 수업의 2주 전입니다.●裏面の「公開講座申込書」にご記入の上、ご提出ください。複数の講座を希望される場合も、申込書は1枚でお願いします。● 뒷면의 '공개 강좌 신청서'를 작성하여 제출해 주십시오. 여러 강좌를 신청할 경우에는 신청서 1장만 제출하면 됩니다.●各講座初回1週間前までに、受講できるかどうかを文章で通知します。● 첫 수업 1주 전까지 참가 여부를 서면으로 통지합니다.申込み時に返信用封筒(長形3号:120×235mm)1枚をご提出ください。신청 시 회신 봉투 1장을 동봉해 주십시오(긴 봉투 규격 3호: 120×235mm).封筒には82円分の切手を貼り、住所・氏名をご記入ください。봉투에 82엔 우표를 붙이고 주소와 성명을 기재해 주십시오.